
離れる道
maho「けんちゃん、私もう就職しないことにした。」
けんちゃん「そっか。いいと思うで!じゃあ卒業したら何するん?」
携帯から聞こえる声は電波が悪くて少し聞こえにくい。
卒業を目前にしたその頃、けんちゃんと私はアフリカと日本の遠距離恋愛になっていた。
もちろんけんちゃんがアフリカ。
3.11のあと、けんちゃんは福島へボランティアへ行ったり、
自転車ひとつで全国の農家さんを訪ねたり、一緒にいない期間が少し続いていた。
”農業”や’自然’など、けんちゃんの生きたいライフスタイルが着々と見つかっていた。
そしてついに、ずっと夢だったアフリカでの国際協力に関われることになったのだ。期間は2年間。
1年半も一緒にいて、こんなに離れるのは初めてのことだった。
でも、前の私なら不安ばっかりなのに、
”自分の人生”に進むと決めてから、けんちゃんと離れることに、さほど不安はなかった。
maho「えっとね、海外に旅にでようと思う!」
私はというと、きちんとした未来はまだ何も決まっていない。
就職をけって”自分の人生”を歩く決断をしてからは、
とにかく”ワクワクすること”だけを選んでいた。
maho「いつかはなっちゃんと旅したいと思って!まだ、なっちゃんは仕事してて無理だから、だから、まずは一人で行ってみる!」
けんちゃん「そっか。気いつけてな!まほ、ほんま一人で大丈夫か〜?」
けんちゃんの相変わらずの笑い声が聞こえる。
その時は気ずかなかったけど
けんちゃんはアフリカにいるのに、私が電話をかけるとすぐに出てくれた。
けんちゃんが電話をとれない、ということは一度もなかった。
私が寂しい思いをしないようにと、
アフリカでの農作業中も、いつもポケットに携帯を入れてくれていたらしい。
けんちゃんは心底優しかった。
けんちゃん「じゃあアフリカが目的地やな!待ってるで!」
けんちゃん「ウユニ塩湖とか、絶景は2人で見たいから行かんとってな!!約束やで。」
「う、うん!」
けんちゃんにそう言われても、なんだかいつもうまく返事ができなかった。
私は、アフリカに行きたいんだろうか?
また、この旅も彼に会うという”目的”を決めて出発するんだろうか?
ー何のために旅に出るんだろう。
けんちゃんが帰国する2年後も、ましてや1年後、あと数ヶ月の卒業後でさえ、
どうなっているのか、よく分からなかった。
いつも”2人”のことを考えてくれるけんちゃんと、
自分の新しく始まった人生に精一杯な私は、何か少しズレてきていた。
自分の未来もうまく描けない私が、
どうやって”2人”の未来を描くのかなんて、さっぱり分からない。
けんちゃんが大好きな一方で、2人の未来が少しづつ少しずつ離れていくのを感じていた。

ーでも、まあなんとかなる。いつもなんとかなって一緒にいたんだから。
自分に言い聞かせる。
しかし、私の人生は進んでいく。
1冊の不思議な本が、奇妙な軌跡でその未来まで運んでくれることとなった。
不思議な本
あベちゃん「あのね、まほに読んで欲しい本があるんよ。」
ーま、またきた!!!
デジャブのようなこの光景、この1ヶ月でもう3度目だった。
卒業を1ヶ月に控えたそのとき、私の人生に少し不思議な偶然が起こっていた。
詳しく言うと、” ワクワクすることしかしない ”と就職をけったその日からだ。
その偶然は、1ヶ月の間に、同じ本を、おなじようなセリフで薦められる、ということ。
「人生が変わった本がある。」そんな言葉と、
本人の人生の転機のエピソードが必ずついてくるのだ。

ここは学校の近くの恵比寿の居酒屋。
今日は同じクラスのあべちゃんとフラッと飲みに来ていた。
同郷の九州出身のあべちゃんは、私より少し年上。
スッピンの素肌に黒髪のショートカットは、
芯があって柔らかい彼女に、とても似合っている。
そういえば就職をけったことも、すぐあべちゃんに話しをしたなあ。
そんな彼女は、大手のアパレルの本社の技術職で就職が決まっていた。
あべちゃん「私な、本当に”服作り”が学びたくて、決心してこの学校に入ったんよ。」
私たちの通うクラスは、2年制なのもあり、
他の学校に通っていた人や就職していた人がまた技術を学ぶところでもあった。
だからクラスの平均年齢は高く、みんな前職を辞めて来ていたり、
他の学校から入り直したり、本気の人が多かったのだ。
授業も3年分を2年にまとめるくらいだ。
授業も課題も相当の量。途中で辞める人も少なくなかった。
あべちゃん「私その頃関西で働いてて。仕事を辞めて、この歳でまた学校に行くって決めるの、すごい勇気だった。そしたら仕事を辞める時、職場の人が、「これ、あなたの本だから」って急にくれた本があって。」
あべちゃん「関西から東京行きの夜行バスでずーっと読んでたの。荷物なんてすごい少なくてさ、リュックひとつとその本くらい。それだけで東京に来たんだよ。ビックリだよね。」
居酒屋の薄暗い照明と重なって、そのときの情景がありありと思い浮かぶ。
その時あべちゃんは、不安だけど、どこかワクワクしてたんだろうか。
関西からの夜行バスの窓からは、見知らぬ景色が過ぎていく。
リュックひとつとたった一冊の本、狭いバスの椅子にもたれながら、
不安なのかワクワクなのか分からないまま、ただ本を読み進めていく。
なんだか今の自分と重なるところがあった。
maho「なんて本なの??」
あべちゃん「そうそう、マホ知ってるかな?アルケミスト って本なんやけど!」
ーアルケミスト
そう、やっぱり、この本だ!
その本は、私がこの1ヶ月さんざん勧められてきた本だった。もうこれで3人目だ。
あべちゃん「読んでみて!小説ですごく読みやすいから。何かまほにあってる気がする。」
繋がるサイン
勘定を済ませ居酒屋を出ると、もう空は薄暗く星もぽつぽつと出ていた。
あべちゃんと分かれ、家まで一人で歩く。
この1ヶ月に起こっている不思議な偶然は何なんだろう?
1ヶ月に同じ本を3度も薦められる。
しかも、そこで必ず語られる彼女たちの人生の転機のエピソードが
ますます「ただの偶然」ではない奇妙さを生んでいた。
忘れないようにメモしようと、携帯のメモ機能を開く。
すると1年前のメモが残っているのに気がついた。
あれ?なんだったっけ?
開いてみると

そこには”アルケミスト”と”由紀夫”の文字。
ーえ??なんで??!
よく見てみると日付は、由紀夫とけんちゃんと偶然出逢ったあの日になっていた。
2人と会ってから私の人生は角度を変えたんだ。
あの夏の日を思い出す。
恵比寿の交差点で、自転車でコケた私に偶然声をかけてくれた。
けんちゃんと由紀夫も、
タイで会って以来初めて日本で会ったのがあの日だと言っていた。
もし、あのとき2人が交差点にいなかったら、
もし二人がタイで会っていなかったら
もしあのとき私が自転車を倒さなかったら、
もし、電気屋で謎のPCを買わなかったら.....
数えきれないほど幾つもの「もし」の糸が重なっていく。
縦や横、斜め、時間も場所も超え幾重にもはりめぐらされた糸は一点に交差する。
一体いくつ「偶然」が重なって、この今があるんだろう...。
1年前のメモが、あの夏と今を不思議な糸で結ぶ。
そうだ、あのときみんなで歩いた家までの道のりで、
由紀夫が読んで欲しいって急に本を紹介してくれたんだ。
忘れないようにメモしたのに、すっかり忘れていた。
あれもアルケミストだったんだ.....!
由紀夫やけんちゃんとの不思議な出会い。今日のあべちゃんの話。
1ヶ月で3人から紹介された本。
”アルケミスト”というキーワードが何かのサインのように感じた。
何かが繋がっていくような、言葉に出来ない不思議な感覚があたまを巡っていった。
卒業の日
そして、それは卒業の日私の手元にやってきた。
あべちゃん「はい、まほ。これ読んで。」
あべちゃんとは、以前から卒業の日に本の交換をする約束をしていた。
あべちゃんがくれた本は、もちろん、アルケミストだった。
あべちゃん「次、誰かにあげる時が来たら、手渡そうと思ってたの。だからまほにあげたい!」
そう言って彼女がくれたのは、夜行バスで読んでいた”あの”アルケミストだった。
大事に読まれて少し表紙が古くなったその本は、
新品の本をもらうより、もっと特別で大切な意味がある気がする。

maho「…ありがとうあべちゃん。大切に読むよ。」
いつか私も、読み終わったら誰かにあげよう。
学校を卒業したその日は、アルケミストを読み始めた日になった。
そして、読み終わったとき、アルケミストは新しい次の日をつれてきたのだ。
夢を旅した少年
朝カーテンから入る眩しい光で目が覚める。
maho「わあ...もう朝か。。」
無造作に敷いた布団の上には、アルケミストが置いてあった。
ーあ、そうか、ずっと読んでたんだっけ。
思考停止したあたまが動き出す。まだ本の世界から抜け出せずにいるみたいだった。
昨日、卒業式から帰って1番にしたことは、アルケミストを読むことだった。
読み終わったのは、たしか深夜2時過ぎ。
一度読みだすと物語の世界から出られなくなり、ろくに夕飯も食べず最後まで読みすすめた。
そのまま倒れるように寝てしまったらしい。
本の内容は、羊飼いの男の子が旅に出る話だった。
でもなんだか話の内容をしっかりと思い出せない。
子供の頃ような、あの感覚に包まれたまま、
幸せな気持ちで本を閉じたのだけは覚えていた。
そして、眠気なのかなんなのか、そのフワフワした感覚がまだ残ったままだった。

ブブブブ...
そのとき、一通のメールが届く。メールの宛先は”メルマガ”だった。
maho「あ!まさくんだ!」
急いで携帯を見る。
人生で初めて登録したそのメルマガは、私にとって少し特別だった。
私と歳の近い”まさくん”という宮城県の男の子が書いていた。
少し前に、旅で行きたい国を探していたとき、
たまたま”まさくん”のブログに辿り着いたのだ。
彼の生き方は面白かった。
路上で書道の書きおろしをしたり、砂漠に木を植える「植林」をしながら、
その活動をブログやメルマガで発信していた。
”こころに木を植える活動”そんな名前のブログからは
新しい生き方に、一生懸命模索して進んでいる彼の様子が伝わってくる。
就職をけって色々悩んだり葛藤があった自分の状況ともかぶり、
彼のことばは、いつも私をたくさん励ましてくれた。
たった今届いたメルマガを開く。
彼は今、宮城から東京へ来ているそうだった。
しかしその内容は、珍しく辛く苦しい文章が続いていたのだ。
それは自分を試すために東京で書き下ろしをしていたけれど、
なかなか結果が出ないということ。
そして資金的に底を着いてしまった、という悲しい内容だった。
________
『このままでは東京に居られてもあと数日くらい』
という結果が出た。。
僕は観念した。
東京へは資金的に背水の陣でやってきた。
日本の真ん中の東京の路上で結果が出せないなら、どこでも出せないだろう。
って思ってやってきた。
・
・
でも、この結果は宮城に帰りなさいということだ。
________
最後にはそんな悲しい言葉もあった。
彼は今やこんなにアグレッシブに活動しているけれど、
昔は人前には立てない病気をしていた。
そんな逆境を乗り越えて、「路上で書き下ろし」をやっていたのだ。
そして東京での書き下ろしなんて、本当にチャレンジだったと思う。
彼のまっすぐな気持ちと行動力に、勇気をもらっている人は多かった。
________
『自分にしかできないことはなにや?自分にしか伝えられないことはなにや?』
『自分が一番輝いて、ワクワクしながら伝えられることはなにや?』
________
だけれどそんな状況の中でも、彼は自分の真ん中を模索していた。
読みながら胸があつくなる。
そして、その後の文に目を疑った。
________
自分を励ますため今、この本を読んでいます。
________
そう書かれた文。
その続きには、なんと、
アルケミスト の文字があったのだ!
そう、彼が読んでいたのはアルケミストだった!
こんなことがあるのだろうか?偶然にしてはできすぎている。
心臓がばくばくと音をたてる。
卒業式にあべちゃんにもらったアルケミスト。
つい何時間前に読み終わったばかりだ。
いつも私を助けてくれた画面の中のその出来事が、急に近くに感じた。
まさくんは原宿にいると書いていた。
自宅の恵比寿からは電車で2駅、たった5分だ。
こんなに近いのに、さっきまで”会いに行こう”なんて選択は、これっぽっちもなかった。
その重なりすぎる偶然に、思い切り背中を、ポーン、と押された気がした。
よし、会いに行こう。
いつも私が励ましてもらっているんだ。今度は私の番だ。
寝起きの身体はもうしっかり起きていた。
まだ暖かい布団をたたみ、急いで着替えをすませる。
そのまますぐ、家を出た。
目的地は原宿。自然と早足になる。
歩きながら、心臓がバクバク音を立てているのが分かる。
緊張なのか高揚しているのか、足の先まで熱かった。
さっきまで布団にいたのに、この展開に思考が追いつかない。
あたまではよく考えられなかった。
まだ物語の中にいるような、そんなフワフワとした変な気分だった。
「 アルケミスト 」が、ニヤリと笑っている気がした。
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このストーリーは2015年に書籍化となり、
2019年にベストセラーとなりました。
『あーす・じぷしー はじまりの物語』
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この話は【あーすじぷしー】という
奇妙な生き方を始めたきっかけを書いています。
「ワクワクだけで生きていけるか」という
600ドルと片道切符の219日の実験の旅から帰ってきました。
今は日本を旅しています。
旅で得たことやワクワクでどうやって旅したのかをシェアしています^^
*自分が変わると世界が変わる*
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