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14/8/22

【2話】日本の広告代理店営業出身の私がどうやってY Combinatorのハッカソンで受賞をし、シリコンバレーでiOS Developerとしてゲームを作ったか

Image by Olia Gozha

ITの聖地シリコンバレーのブートキャンプの門を叩き

なんとかカナダの会社のボスからシリコンバレー行きのお休みの許可を得て、

幸運にも現地で生活するためのアパートが見つかり、

やっとの思いでサンフランシスコの空港に降り立ちましたが、

本当に本当に大変だったのは、

これから私を待ち受ける2ヶ月間のキャンプでした。



私が今回参加したプログラミングブートキャンプはアメリカに全部で3箇所のキャンプ場を持ちます。

ひとつはサンフランシスコ市内、

もうひとつは同じカリフォルニア州の南にあるPalo Alto、

そして東海岸側はN.Y.でした。


17ヶ国という多彩なバックグラウンドを持つ120名の生徒が集まったキャンプの初日は、

とても独特な雰囲気に包まれていたのを今でもよく覚えています。


目の色も肌の色も母国語も生まれ育った環境も、全てが異なる生徒が一度に集まり、

これからこのキャンプでiOSのゲームを作り上げるんだ!と決心するその瞬間は、

これまでアメリカで留学経験がなかった私にとって、

本当に衝撃的な世界への始まりでした。




私は小学校の時に、車の修理屋を経営する父親にコンピューターを買い与えられました。

コンピューターを手にした私は、

当時ピアノの発表会や自分の出演するミュージカルに友達を呼んだり、

学園祭でダンスを披露する目立ってばかりいた私から、

いつの間にか一日中引きこもって新しく出来た海外のSNSやYoutubeで遊んだり、

海外サイトでドラマを全章見尽くすほどの、

ちょっと変わった女の子になっていました。



そうしているうちにいつからか、

これを作ったりデザインする人達はどこに住んでいて、

海の向こう側ではどうやって作っているんだろう、

そんなことを考えるようになっていました。



ちなみに私は日本で生まれて日本で25年間の生活を送り、

留学経験も全くない純ジャパニーズですが(笑)


本当に世の中の素晴らしいサービスを作る過程を知りたいのなら、

直接現地でその技術と情報に触れなければだめだと考えていました。



日本で同じことが学べるのではないかと一瞬考えたりもしましたが、

そのようなことは全くもってありえませんでした。

そのことは、このStoryを通じて伝えていけたらと思っています。



そして、わざわざ勉強のためにシリコンバレーに来ることを選んだ。


果たしてその選択が、私にはどんな結果をもたらしたのでしょうか。




シリコンバレーのブートキャンプの生徒として世界中から選ばれた生徒たちは、

MIT、UC Berkeley 、UCLA、カーネギーメロン大学、ジョージ・ワシントン大学、ピッツバーグ大学、Science Po、タイ1の国際工科大学、インド1の工科大学といった名門校出身、コンピューターサイエンス学部出身者が目立っていました。


ブートキャンプに対するモチベーションは非常に高く、

誰よりも自分のプロダクトへの拘りが強く、そして諦めが悪く、

スピーディーなセルフスターターで、クリエイティブな思考を持つ素晴らしいメンバーばかりでした。

(口調がルー大柴っぽくなってしまってすみません。)


それらのキャンプメイトと共に過ごすであろうこの2ヶ月の

先に見える未来を想像した時、

私は自分が選択したことがいかに正しいかを認識し、

また私たちはこのキャンプで間違いなく大きく成長するのだと確信しました。




そうしてスタートしたキャンプ生活ですが、

最初の一週間はオリエンテーションやカリキュラムの説明、

プログラミングの基礎から、プログラマーに求められる性質について学びました。


そして、ここでもうひとつ。


周りのキャンプメイトと自分を比べた時、

自分が日本の普通の大学出身で、しかも経済学部専攻であったことを改めて認識させられました。


周りのキャンプメイトと自分が、いかに違うかを

私はこの先のプログラムで思い知らされるのでした・・・。(笑)


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