美しく飾られた裏側はバイトの涙で出来ていた。

ケース2地獄のブライダル
笑い声がこだまする。
ここは某ホテルのブライダル会場。
美しい花嫁と華やかな会場
ジェルで髪が落ちないように
ガッチガチに固めこんだオールバック
Yシャツに支給のジャケット、黒いスラックスを着込んだ
俺に笑顔はない。
華やかな音楽
シャンパンを開ける小気味よい音
人々の笑顔の到来をつけるそれは
俺にとっては戦いを告げるゴングの金と同義だ
スタッフルームに入る。
ここは戦場だ。
社員「オードブル!!!あがったぞ!!!!」
俺「Je vous en prie (喜んで!!)」
社員「スープ!!さめないうちに行け!!!」
俺「Je vous en prie(お受けいたします!!!)」
社員「ポアソン(魚料理)!!行け!!!」
俺「Je vous en prie(わかりました!!!)」
目上から下へはJe vous en prie(ジュ ヴ ゾン プリ)
これが一番丁寧な返事のようだ。
俺が働いていたレストランフロアでは
イタリアンとフランスではシェフが違うため
俺は、si va bene(シー ヴァ ベーネ)喜んでお受けします。
を使い分ける必要があった。
返事ひとつ間違えただけで叱られる
怒号が飛び交うキッチン
「バンビーノ」のはずなのに
「プライベートライアン」も真っ青だ
「アパーム!弾!弾持ってこいアパーム!」
これでふきかえても十分通用する

これじゃなく

これだこれが正しい
皿は最低4枚持ち
利き手である右から入れるように左手で皿を持つ
が
俺はレフティ(左利き)だ
ものすごくやりずらい
しかも右腕には指の股に
ざっくり切り込んだ切り傷で作った古傷があった
(裂けた古傷が痛い…)
本日のヴィアント(肉料理)鴨肉は血のソース
だけど俺の血が混じって雑味が入れば
酒が入った馬鹿舌でもわかるわな…
俺は気合を入れなおす。
こんなある日のこと
本日も
最初のうちはよかった
こんな感じで矢継ぎ早で料理をお出しする。
まぁそこまではいい。
ポアソン
このあたりから問題が出てくる
テーブルに載らないのだ
原因は明白
俺の担当テーブルはもぬけの殻
酒を飲んで馬鹿騒ぎをしたい人には
フランス料理の良さも
俺の苦労も関係ないらしい
社員「おい、どうした料理はけねぇぞ」
俺「いや、皆さんお酒もって他のテーブルいってます。誰も料理に手をつけてません。」
社員「とにかくヴィアント(肉料理)、ソルベ(氷菓)まで出せ。」
俺「Je vous en prie(わかりました!!!)」
社員「フロマージュ(チーズ)出すまで絶対皿はさげんな!!!」
俺「…」
ヴィアントやソルベを出すのはいい
賛成だ
だが最後の一文が俺を絶望させる
皿を下げるな。…だと
おいおい…
乗るスペースどこにもねぇよ。
オイどうすんだこれ
同僚もあせり始め俺に聞く
頼むから俺にきくな…そんなウルトラC俺が聞きたい

しかたがないので
乗らないところに無理矢理のせる
どんどん冷えるヴィアントに
溶けて形すらなくなるソルベ
…料理が粗末に扱われる姿を見るのはあまりに忍びない。
結局
手がつけられることなく
この料理を下げる
フロマージュ(チーズ)
デセール(デザート)も食べられることなかった。
終わった後はお見送りをし忘れ物チェック
終わった?
まだここからだ
ここからはこの会場を30分でチェンジする。
大先生の講演会の立食ビュッフェにするらしい。
間仕切りぶち抜き
丸テーブルを角テーブルに
ステージを出して
俺たちの衣装も少し変更。
本来1時間だが前の組が押したのだ
ドリフばりに舞台チェンジ
直径3Mの丸テーブルを立てて足を折り
2脚まとめてぶん回して運ぶ
イメージは

もうこんな感じになる。
後背筋が悲鳴を上げてる。
おかしい
こんなガテンなのか?
設営終了は予定時間の2分前
急げ、着替えの時間は
全力疾走してもフロアの往復距離から逆算すると14秒しかない!!!
俺が着替えをして飛び込んだのは
スタート2秒前
息つく暇もない。
立食ブッフェはドリンクつくり
バーテンダーに早代わりだ
盛り付けの為テーブルにつく場合もあるが
今回は違うらしい…
服を替えさせられたわけはこれか…
シェイカー振るのも初めてだけどな…
そんな心配をよそに先輩が動く姿は
こんなんだ

阿修羅か千手観音でも思わせる手口ですさまじい勢いで
ドリンクが作られる。
とにかく右往左往しながらひたすらドリンクを持って回る
これで2回転
ようやく食事だ
社員食堂での社食は一食380円微妙に高い。
あんまりうまいメシとは言いがたいが
食わなきゃ体が持たない
ばてても食う
もはや食うことすら仕事だ
俺は相撲取りにでもなるのだろうか?

業務連絡が入る
社員B「Nくん!持ち場コンバート屋上フロア!!スタートは5分後3F搬入のシャワーを忘れずに!!!」
俺「わかりました!!!(畜生!移動時間が…間に合うか!!)」
メシをくいっぱぐれた…
がっくり肩を落とし俺は走る。
屋外挙式希望の場合、ライスシャワーなりフラワーシャワーなどの希望が多い
小さい挙式の為テーブル数が少ないが
こまごまとした決まりごとも多い
俺は指定のジャケットに着替え業務用階段からフロアを駆け上がる
メモ書きは指示書と仕事の手順書
走りながらプログラムを叩き込み
フラワーシャワーを入れた箱を両手に抱え
3階から11階まで駆け上がる
(間に合え!!俺!!!)
先輩がシャンパンを持って待っていてくれた。
飛び込みながらシャンパンをつかみ整列
手早くシャンパンを開けて3組目のお出迎えだ
3組目が落ち着いてきた為総合の片付けの応援にまわされる
荷物を持つともうこんな風だ

ビアケースと酒樽で重武装
戦国時代程度ならこのまま戦場に出ても
しばらく持ちこたえられそうな重武装だ
4組目も同様にこなすと
先輩が俺を指差してこういった
先輩「Nがこの仕事日が浅いんでケータリング行います。」
社員「あーわかった。Nくん!後で感想提出しろよ。」
先輩「N!食うぞ」
ふぁ?
食うってどうゆうこと?
戸惑う俺をよそ目に残った食事を貪り食う先輩
俺が食事をとれなかったため
ケータリングを頼んでくれたのだろう
こんなやさしさがわかるのもしばらく後の話である
破棄食材は説明が出来ないと困る為にケータリングを行う
食中毒起こすといけない為
食事の持ち帰りは厳禁だが
その場で業務に支障がない場合
提供した食事を食うことが許されてた
ただし時間は15分ほどで感想提出が条件
文句なくうまいメシ
だけど人間性を失った食事に
敗北感を感じるのは俺だけだろうか…。
美しく華美な世界の裏はかくも無常な物である。

