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14/8/8

震災が私にもたらした能力《最終話》

Image by Olia Gozha

心が1つになった時



2014年8月3日。

気仙沼港で開催された「気仙沼みなと祭り」に出掛けた。


港に沿って何百メートルにも渡ってずらりと並ぶ打ち囃子の太鼓。

それを笑顔で見守る大勢の人たち。

1つのメロディに合わせて奏でられる太鼓の音は、そこにいる全ての人の魂を震わせていた。


何百人もの人がたった1つの同じリズムを刻んでいる風景は、その場にとても不思議な一体感を生んでいた。


これが心が1つになるということか


生まれて初めてそんなことを思った。




太鼓や笛の奏者も、見ている人も、そしてこの海で亡くなっていった多くの人の魂も、太鼓のリズムに合わせて1つの魂となって空へとのぼり、宇宙に溶け込んで行くような不思議な感覚を覚えた。


そして、


「あぁ。太鼓の音と多くの人の祈りが亡くなった人の魂を浄化してくれたな。」

という安らぎに包まれた。


亡くなった人はもう大丈夫。



あとは、残った人の心だ。

震災から3年。ガレキが取り除かれた以外、ほとんど何も変わっていない現状に、

街全体が


この街はもうこれ以上、豊かになることはない


という諦めと


絶対に復興してやる


という、相反する二つの思いに包み込まれていた。

そして、この二つが混じり合うことは決してなく、温度差がはっきりと見て取れた。


不安は大きなマイナスエネルギーを生み出し、

どちらともつかない人は、簡単に不安のエネルギーに飲み込まれてしまう。


不安に打ち勝つ強い心を生み出す方法は、世間にいくらでも溢れている。

しかし、復興は出来ないと諦めている人も、仮設暮らしが苦しい人も、この状況をなんとかして脱却したいと強く求めない限りその答えを得ることは出来ない。


いくら救いの手を差し伸べても、差し伸べられた手を握り返す力も自分から這い上がる力もない人を、溺れかけた海から引き上げることはとても難しいのだ。


だから、まずは悩み苦しんでいるその人自身が、


「幸せになりたい」


と強く願わなければダメなのだ。



人が一人一人違うのは、お互いがお互いを助け合うためなのだ、と何かの本に書いてあった。


自分の出来ることを精一杯こなせば、別に他の人が出来ることを自分が出来るようになる必要はないのだ。

自分の出来ることを精一杯すれば良い。

自分が出来ないことは、出来る人に思いっきり頼れば良いのだ。

頼られた方は、頼られたことで自分に誇りを持てるようになるのだから。


だから、幸せになる方法が分からない人は、自分の望む幸せを手に入れる方法を知っている人に聞けば良い。


お金を儲ける方法が知りたければ、そういう人に聞けば良いし、

夫婦関係が円満にいく方法を知りたければ、そういう専門家だっている。

お金がなくてそういう人に会いに行けないのであれば、本も売っているし、DVDだってたくさん出ている、ネットにだってそういう情報はたくさん溢れているし、PCがなくても図書館などに行けば使える設備はいくらでもある。


大切なのは、問題を解決する方法を見つけることを決して諦めないことと、本気で解決しようとする意思だ。


そういう意思を継続できない人にだって、「やる気を長続きさせるコツ」なんて言う本は星の数ほど出ている。そのなかで、自分でも出来る方法をとことん探し続けるのだ。


結局、震災から3年かけて必死で学んで私が見つけたと自信を持って言える能力は「リーディング能力」ではなく、諦めずに答えを探し続け、そして日々実践する能力だった。


どんなに辛いことがあっても落ち込まない能力。

辛さを楽しさに変える能力。

苦しみを喜びに変える能力。

そんな能力は誰にでも身につけられる。


でももしあなたがとても不安で一人ではどうしようもなくて、その不安の解消法を教えて欲しいと言ってきたら、私はすぐに手を差し伸べる準備が出来ている。


誰かに頼るということは、頼った相手に「人に優しくする体験」を与えるチャンスでもある。


人は誰かに優しく出来たとき、心がほっこりと温かくなるもの。

だからどうか、人に甘えることで多くの人にそういう温かな体験を与えてあげて欲しい。

迷惑をかけるなんて思わないで。


::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


このストーリーの第1話を書き始める前、私は神社に行って境内で手を合わせて神様に聞いていた。


「私はこれから何をすればいいですか?」

と。すると心に答えがフッと浮かんだのだ。


「ストーリーズでカウンセリングの話を書くと良いよ」


それから1時間後、私はPCの電源を入れてこのストーリーを書き始めた。

あれは、神様の言葉だと思っていたけれど、もしかしたら祖母のつぶやきだったのかもしれないと今では思っている。



Fin


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