相次ぐC国のミサイル発射そして核実験で、国際社会の緊張はギリギリに迄高まっていた。対話路線を強調していた隣国の大国も自身に核ミサイルの照準が向けられる状況になって経済制裁に同調した。
そうの様な状況にあっても、この若き首領はタイトロープの上を渡っているのを楽しんでいるかの様に見えた。ロープの下には金髪の鬼が大きな口を開けて舌舐めずりをしているというのに。
それにはこの首領の生い立ちが大きく影響していた。
この国のリーダーとして二代目であった父には自分とは異母兄弟の長男がいた。
そして自分の母との間には次男である兄と三男である自分がいた。
この国ではローヤルファミリーの実態が一般国民に知られることは無かったが、それでも取り巻きである党の高官や軍はそれぞれの思惑で己の利害に一番合う者を後継者として推した。
アジアでは長男が家を継ぐという伝統的な考えが主流であったことに加え、自身の母が所謂在日朝鮮人という敵国で生まれ育ったという表沙汰に出来ない事情もあり首都から離れた街に暮らし、またスイスに留学で滞在したことがあることから、国を率いる役割とは違う国を支える役割が期待されているのではとの憶測も強かった。
長男が南に位置する島国にあるデズニーランドに行く為に入国をしようとして身元が発覚したことに父が激怒したことから次期指導者の席から遠ざかると、今度は軍が兄である次男を担いだこともあった。
ようやく父が一番似た性格の自分を後継者に指名した後も、隙あらば権力の座を握ろうとした勢力があり、自身の若さを補う為に強権を振るって抵抗勢力を徹底的に殲滅した。
この様な修羅場をくぐり抜けて来たからこそ、この若き首領は国際社会を相手にした抗争にも生き残る自信を持っていた。
実際、権力を握った後は裏切りを計画していた高官やその恐れのある高官を次々と粛清。
その処刑方法が機関銃の乱れ打ちだったり、高射砲で跡形も残らない残忍なものであり、この若い首領に楯つくことが如何に大きな代償を伴うのかを見せつけていた。
そして核とミサイルの実験を次々と成功させて来たことにより、国民の信頼も築き上げていった。
「我が国は大国しか持ち得ていない核ミサイルを手に入れた。
例えどんなに兵糧攻めにされようともわが国の軍は既に高度化されており歩兵戦になる前に高速砲で南に接する国の首都を一瞬にして壊滅することができる。」
首脳は誰に言うでもなくつぶやいた。
唯一の懸念は締め付けに我慢できなくなってきている幹部連中が寝返って寝首を搔くことだ。
だからそこ機会がある毎に、自分に忠誠を示さない者、そして忠誠は示しているものの力を持ちすぎた者を見せしめの様に粛清してきた。
「南の隣国だけではない。
むしろ南の隣国は同胞であり半島統一の暁には我が帝国の一部となるべき存在だ。
できるだけ緊張を高めていく一方で実際に手を最初に下すのは別の場所。」
そこまで独り口て首脳は言葉を飲み込んだ。
「太平洋に浮かぶアメリカの軍事拠点?
そんな相手のポケットに手を突っ込むことをするとでも思うのか?」
世界中から狂気と見られているこの首脳だが、西欧で教育を高等教育を受けたこともありその実かなり冷静かつ計算高かった。
D国の軍事基地イコールアメリカ国土と捉えられることは十分に承知していた。
それでもコメントではD国の軍事基地の周辺へミサイルを撃ち込むと牽制を続けていたが、これはあくまでも交渉の材料。最後の最後、破れかぶれになった際に取る報復策と考えていた。
それではどこが攻撃のターゲット?
首脳の視線は遠く南の隣国の更に向こうの方向に向けられていた。
「日の昇る国か。」
その国は彼の母の生まれ故郷でもあった。
世界第三位の国民総生産高を誇り人口も一億人を超えている。
アメリカに追随する政策で一大工業大国に成り上がった国。
多くのアジアの国々がこの国を成長の模範として輸出主導の国造りに励んできた。
首脳は小さい頃、母に日本での生活について聞いたことがあった。
「母さん。日本は良い国なの?」
母はその美しい顔を少し傾けながら遠くを眺めるようにして暫く考えて答えた。
「美しい国。」
首脳が次の質問をした時、母の表情が険しく変わったのを彼は見逃さなかった。
「日本での生活は楽しかった?」
「そうね、どうでしょう。
どこでも色んな人がいるから。
親切な人も一杯いて、困っている時に助けてくれたり、良い友達もいたし。。。」
首脳は更に聞いた。
「それじゃあ親切じゃあない人も沢山いたということ?」
母は少し困った顔をしながら一生懸命に言葉を探していた。
「そうね。何処でも良い人もいるし、悪い人もいる。
近所のおばさん達は親切で色々と世話を焼いてくれたり。」
首脳は母の言葉の中の逡巡を見逃してはいなかった。
「と言うことは、母さんに辛く当たった人達もいたと言うこと?」
キリッとした怒った様な表情で我が子が聞き返して来た時、この母は
(この子はやはりお父さんの血を引いていて、厳しい性格をしている)
と思った。
「そうね。もう随分昔の事だし。時代も戦争の後で皆んなの心も荒れていた頃だから。」
「そんなのは理由にならない。
僕は絶対母さんを虐めた日本人を許さないから。
いつか絶対に復讐をしてやるから。」
その様に言う我が子を愛おしく思った母であったが、この数十年後に、
この時の我が子の思いが思わぬ結果に繋がるとはこの時は知る由もなかった。