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17/9/6

プロレスラーを夢見たチキンハート 1ROUND

Image by Olia Gozha

名前は 矢後至譜(やごみちつぐ)といいます





1969年9月生まれの乙女座です。


175cm の 98kgの堂々とした体格をしています。




産まれは 格闘技王国 九州の大分県です。


高校卒業までそこで暮らしました。






そんな私とプロレスとの出会いは小学校の時に夢中になって見ていたテレビの「歌番組」です。



あなた「歌番組でプロレス?」



そう思いますよね?では、その理由を説明しますね。




当時、人気のあったピンクレディが好きだったんで歌番組は毎週欠かさず見てました。そんなある日、いつものように歌番組を見ていると、なぜかテレビに映し出されたリングの上で、襲いかかる相手を投げ飛ばしたあとになにもなかったかのように歌い踊る「水着姿の女性二人組」がいました。




そうです「ビューティー・ペア」です!




私の初プロレス体験は全日本女子プロレスでした。


その時受けた画面のインパクトがあまりにも強烈だったので、気になってしまい毎週、女子プロレスを見るようになりました。




初めて見るプロレスは本当におもしろかったので夢中になっていき、調べてみると男子のプロレスというものがあることを知りそちらも見るようになってました。それが当時、金曜8時というゴールデンタイムで放送されていた、新日本プロレスの「ワールドプロレスリング」でした。




当初はアントニオ猪木さんの試合がメインだったりして、それほどのめり込むことはなかったんですが、




1981年4月23日   





そんな私をとんでもない衝撃が襲いました。





タイガーマスク vs ダイナマイト・キッド





いまや伝説になっているタイガーマスクのデビュー戦です。


これに頭をガツーン!


と殴られたような衝撃を受けてからは、毎週金曜日が楽しみにになっていました。






至譜「こんな動きが人間にできるんだ!」



至譜「こんなにワクワクできるスポーツがあるんだ!」



至譜「プロレスってなんて面白んだ!」





そうやってのめり込んでいったんです。






当時、小児喘息で身体の割に運動が苦手で、それを改善させるためという理由から母親にスポーツすることを勧められていました。




最初は少年野球をやってたんですが、

なかなかレギュラーになれずにつまらなかったのを覚えています。


プロ野球の試合を観るのは好きだったんですけどね。


やっぱり自分でプレイ出来ないのはモチベーションも続かず、練習もサボったりして当初の目的だった喘息の改善も果たせなくなってました。




そんな時に勧められたのが、柔道です。




もともと身体が大きかったこともあり、試合でも簡単に勝つことができたし、勝つとやっぱり面白くなるもので、面白ければ練習が辛くても練習場が学校から遠くても(4kmありました)毎週通うことができました。




おかげで小児喘息も早いうちに治り助かったのを思い出します。


そして、その時思ったのが、




至譜「自分の力だけで勝利を味わえるなんて、なんて楽しいスポーツなんだろう!」





ということでした。




その当時はそんなことを考えていましたが、もちろん自分の力だけで勝てるわけではなく周りのサポートあってのものだと今ではわかりますが、当時小学生だった私には気付くことはできませんでした。




そんな時にプロレスの面白さに触れたもんですから




至譜「自分はプロレスラーになるために!そうだ!プロレスをやるために生まれてきたんだ!」





と、思い込むまでに時間はかかりませんでした。


周りにも「自分はプロレスラーになる!」と宣言して、よりいっそう柔道とプロレスの練習に没頭していきました。




本当は中学卒業と同時に入門をするつもりでしたが、親兄弟親類縁者、果ては校長先生から県議会議員まで巻き込んだ、大妨害作戦にあい、最後は母親の泣き落としに負け高校へ進学してしまいました。


いまでもこの判断は失敗だったと思っています。




もちろん母親は私の将来を心配した上でのアドバイスだったんでしょうけど・・・。


ともかく、その時の親兄弟の考えは、


母親「熱病みたいなもの、3年あれば諦めるわよ」

親戚「厨二病みたいなもんだしな(笑」


ということだったんだそうです。






そんな事で諦めるわけないじゃないですか!



ねぇ

(つづく)

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