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「理容師&行政書士」というユニークな肩書きを持つぼくが、業界新聞の発行権を取得して、わずか1年で自ら経営する行政書士事務所を日本トップクラスにまで成長させることができたお話。

Image by Olia Gozha

行政書士に限らず弁護士でも税理士でも、自ら事務所を開業して生計を立てていくのは、なかなか大変だ。資格試験に合格したことがそのまま豊かな生活に結び付くものではない。今は、そんな時代である。

実際、行政書士の会報『月刊 日本行政』に掲載されていたアンケート結果を見ると、年間売上が500万円に届いていない行政書士が全体の75%以上を占めていた。「売上」が500万円未満であることに注目したい。本人の手元に残るのは、売上の金額から家賃や交通費や消耗品費や、スタッフを雇用しているなら人件費や、そういう諸々の経費を差し引いた残りである。かなり厳しい現状であることがご理解いただけるのではないだろうか。

ぼくの事務所も、たいした成果を上げてはいなかった。

ぼくが行政書士事務所を開業したのは平成13年9月。もう、16年も前のことだ。開業当初は自宅の一室を事務所としていたが、少しずつ顧客も増えてきて、小さなレンタルオフィスを借りられるくらいにはなった。年間売上はだいたい600万円(月の売上は50万円)くらい。普通の事務所だった。

ところが、平成28年の夏ころから爆発的に顧客が増加していった。このお話を書いている今は平成29年8月だが、今月の売上は1,000万円を超えている。「年」じゃなくって、「月」の売上が1,000万円を突破する。ということは年間では1億2,000万円を超えるわけで、自分でも信じられないけど、日本でトップクラスの売上を誇る行政書士事務所と言ってもいいくらいになってきた。平成28年8月の月売上は60万円くらいだったから、わずか1年間で飛躍的に伸びたことになる。

何が起きたのか。あるいは、何がきっかけだったのか…。

考えていくうちに、「これを文字として残そう!」という気持ちが固まった。この成長は、単に偶然が重なったわけではなく、数々の必然から成り立っていると感じている。文字で残すことによって少しでも読者のみなさんの参考になれば嬉しいし、自分としても第2、第3の大成長を成し遂げるための「思考のまとめ」となったらいいなと思う。

それでは、ぼくの激動の日々を話していこう。

きっかけは一本の電話だった…。

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