【第7話】 ギャラ30万〔ロックンロール・センセイ !〕
盛り上がってはいたけれど、
体制側の人間にとっては目ざわりになってきたんだ。あのストリート。
バンドが急速に増えて「ホコ天バンドブーム」と呼ばれるようになってくるとーー
『困ったな』っていう顔をして、代々木公園管理事務所の人とか警察の連中とかがオレの所へ来て、機材をチェックしたり状況を聞いたりしてくる。
でも、今 急に中止にすれば、支持してくれてるファン達が騒ぐだろう。そういう勢いを止めるのは難しいと判断したのか、連中は
「とにかく近隣の住民からも苦情がすごいし、ゴミも散らかってひどい。なんとかしてくれないと、この歩行者天国は閉鎖ってことになっちゃうよ」
それだけ言うと、立ち去るしかなかった。
でも実際、ひどい事にはなってたんだ。オレたちだけの頃はそうでもなかったけど、あれだけバンドが集まると騒音がすごい。オレたちでも、近くにバンドが居ると お互いの音が混じり合っちゃって、何演奏してんだか・・ 聞きずらくなったりしてたもんね。
ステージの脇を自転車で通るおじさんが立ち止まって、話しかけてきた。
「君たち、ジーニアスっていうの? フーン。いや 私ね、この坂を下った富ヶ谷っていう所に住んでる住人なんだけど・・・ いつも日曜日になると、ウルさいなと思っていたんだ」
来た! 苦情だ・・ ついに住民運動でも起こすつもりかなと思っていると、
「しかし アレだね。さっきの曲、いいね。あのバラード、何て曲?」
意外な展開に、アレッ? と思って、
「ああ・・・アレ、アレね。あの曲は・・・・」
って、いろいろ 話すと。そのおじさん、ニコニコしながら、
「いや、バンドの連中にはマイナスのイメージしか無かったんだけどさぁ、ああいう曲やってるんなら、あんまり苦情も言えないなぁ。うん。俺好きだよ。あの歌」
って、又 自転車に乗って行っちゃった。
その曲は、「使い古しの I LOVE YOU」って曲。
オレがはじめて作曲した作品だった。シンプルだけど、なぜか人気の高い曲だったね。
そういう言葉って、凄く励みになる。ミュージシャン冥利に尽きるっていうか。有り難い。だから、苦情が来ないようにしなければいけないと思った。
ステージが終わったら、空き缶ややきそばのパッケージなどのゴミを拾う。機材を片付けながら路上を掃除するんだ。
そうしたら、ファンの連中もそれを手伝うようになって。メンバーが持ってるゴミの袋にカンを入れにやってくる。
「アリガトウ」
ファンもオレたちも、ストリートを大事にしていた。失ないたくなかった。
だから掃除して、来週また気持ちよく使うんだ。
新しくファンになる連中って、見ていると解るよ。
「あっ、この客、ファンになるかも知れない。来週も来るな、きっと」
そういう奴は、ファンよりも遠い所のゴミを拾ってるから・・ すぐ解る。拾いながら、古いファンに近づいて何かしゃべってる。それから、教えられてゴミの袋に入れに来るんだ。
「あの。良かったです。スゴく楽しかった」
目がキラキラ輝いててね、好意をもってくれてるのがわかる。
「あっそう。又おいで」
憧れの先輩に告白する女子学生って感じだよ。ゴミ拾いしてる時だって、そうやって皆が楽しんでたんだ。
ファンって言えば、こんな事もあった。
平日、電車に乗って新宿に行ったの。ホームに降りて、階段を昇ろうとしたら、
「あっ!」
中東の方から来たと思われる男が、オレの顔を見て大声を出した。
「・・・・・?」
「ジーニアス・・・デショウ? ハラジュク・・・ストリート・・・・?」
ああ、オレたちを見た事あるのかと思って、
「イエス」
ってうなずいた。
「ボク、スキ。アナタ・・・・バンド」
身振り手振りでね、自分の気持ちを伝えようとしてくる。
「アリガト、じゃ」
って行こうとするオレを引き止めて
「イマ・・・ジカン アリマス?」
って時計を指さすの。
「イロイロ・・・オハナシ、シターイ。ワタシ オゴリマス」
なんだ喫茶店で話がしたいのか・・ 普段はあんまり そういう事には付き合わないんだけどさ、せっかく中東から来て、ファンになってくれたことだし、ここは いっちょう親善大使になっとくか、みたいな気持ちが芽生えて。
彼に付いて行ったんだ。
喫茶店にはいるのかと思っていると、ホームの「立ち喰い」みたいな所に入って行く。ヤキソバを2つ注文してんの。オレ、出されたヤキソバを食いながら、
「しまった。この人、あんまり金持ってないんじゃないのかな。少ない金の中から、無理してオレにおごってくれてるんだ」
そう思って、
「出そうか?」
って千円札を出したんだけど
「ノー。ノー」
って拒絶するから、彼の顔を立てた。10分位話したけど、日本に来てロックンロール・ジーニアス見に行ってる時が、唯一楽しい時間だって言ってたね。
歩いてて、突然「アッ」って声出されて、ペコンと頭を下げられて―――
そんな話はいっぱいある。向こうはこっちを知ってるけど、こっちは知らない場合が多いから、とにかく「どうも」ってアイサツするようにしてた。彼女と歩いてる時、そういうことがあると「知り合い?」って訪ねられても、「さあ?」って答えるしかなくて、けげんな顔をされたり。
その後、中東の彼の姿を客席の中に見つけることがあって。
歌いながら「パチパチ」ってウインクをして、笑いながら合図を送った。そしたら喜んで、オレに向かって、
「ロックン ロール センセイ!」
って大声で叫んでいた。
そんなファンが支えてくれるから、ライブハウスに出演しても満員の客が迎えてくれる。ライブハウスを抜け出して、ストリートに出た戦略は大当たりだった。そして再び ライブハウスに戻ってみるとーー
チケットなんか売らなくても 客が入る。あれだけ昔、チケットノルマに苦しめられたのがウソのようだ。
でもねぇ、ライブハウスのシステムには未だに疑問を感じるんだ。
結局 店が客を集める努力をせずに、ミュージシャンが連れてくる客で商売してるでしょう? それじゃミュージシャンは育たないよ。ノルマがきつくて年に数える程度しかステージに立てないじゃん。オレは、それじゃ駄目だと思って、ストリートに出たんだ。
ビリー・シーンっていうベーシストが言ってたけど、アメリカのバンドクラブは、飲み食いしに来る『バー』みたいな所で。バンドは店側のサービスで客に提供してるんだって。
だからいい演奏をして、人気が出れば どんどん演奏回数が増えるし、反対にダメなバンドはすぐ首を切られる。音の質がいいかどうかが、残っていけるかどうかの別れ道なんだって。ビリー・シーンは全米のクラブをサーキットして、毎晩ステージに立って腕をみがいたんだって。
「いいよなぁ。そういうの」
って思いません? 日本のライブハウス、見てみればわかる。
どうしようもないバンドが、身内を連れて来て馬鹿騒ぎするだけだから、対バン(共演者)の客なんか見ないで とっとと帰っちゃうし。イメージもバラバラなバンド同士で出演させたり、『うまいな、いいバンドだな』って思う奴らは、客を呼べなかったり・・・・
だから知り合いが出る以外で、ライブハウスに行ったりしないんだよ。客が広がらない。ライブハウス関係者は、システム自体を見直さないと先がないと思う。と、何十年も言い続けてまったく変わらないけどね。
まだ新宿にあった頃のルイードとか、渋谷のエッグマン、原宿のクロコダイル。
一流のライブハウスをファンで一杯に埋めつくした。
特にクロコダイルは、チケットノルマも無く、食事をしながら楽しむ、どちらかと言えばアメリカのスタイルに近い。
店長の西さんが、オレたちを育てようとしてくれて。
店のイチ押しバンドとしてマスコミに紹介してくれたり、いろいろ協力してくれていた。
毎月、「ジーニアス デー」というのを作って、クロコに出演していたなぁ。なつかしい思い出だ。1晩で10万以上のギャラは貰ってたからライブバンドとしては大成功したと言えるんじゃないだろうか? もっとも ジーニアスは大所帯だったから皆で分けると微々たる金になってしまう。だから軽い食事をして後は全部バンドの口座に貯金していた。
ファンからスタッフになる人もいて。
最初、例のゴミ拾いからはじまって、知識のある奴は、スタッフと一緒になってシールド巻きとかを手伝う。
「アレ? 8の字巻き、出来るんだぁ?」
「ええ」
そういう特殊なワザを披露したりして、スタッフに食い込んでくる。気がついた時には、荷物の積み上げ、積み下ろしにも参加するようになって、バンドのミーティングの席にもちゃっかり座っている。
「カズさん、何か フランス人のパーティーで演奏して貰えないかって、名刺もらったんですけど・・・ よく解らないんで、話してもらえますか?」
スタッフが、フランス人の男を連れて来た。
「ケンゾー・パリ・・・ですか?」
ファッション関係の有名なとこ、あるじゃない? そこの日本支部のパーティーらしい。
恵比寿の・・ 今「ガーデンプレイス」っていうオシャレなエリアになってるとこ。あそこに当時、サッポロビールの大きな劇場があって、そこがパーティー会場だった。住宅街の中の会場だから 苦情が凄かったらしいけど、フランス大使館から日本の警察の方に圧力をかけて、黙らせちゃったって。セレブのやることは強引だよ(笑
「気にせず、ガンガンやっちゃっていいから」
って言うから、ワーッとシャウトすると、ドレス着た女の人も乗っちゃって。カップルで踊りまくってた。
ギャラ、30万ぐらい貰った。
不思議なことに、それからイベントの仕事が結構入るようになってきた。
しかも申し合わせたように、ギャラは30万なの。なんでかなぁ? オレらの相場が30万だったみたいだね、どうも。
高いのか安いのかわからないけど、オレらの価値は30万。
ステージが終わった後、たまには そのまま飲みに行くことがあった。そこにファンもついて来るようになって。渋谷の焼き鳥屋の2階だったかな。結構だだっ広い店だったけど。
その二階の席が、オレらのバンドとファンで一杯に埋めつくされた時、
「ああ、オレたち 人気あるんだなぁ」
ビールを飲みながら、しみじみそう思ったんだ。
= つづく =