【第3話】 ロックンロール・ジーニアス結成〔個性の強い連中を強引に結集させる〕
女の子達と芝居の練習のあと。喫茶店で話をしたーー
「そろそろ、オレはバンドに集中したいから。お前らの手伝いやめるわ」
「えっ!?」
案の定、劇団の女の子たちの素っ頓狂な声が店に響いた。
「あたしたち、今後もカズさんとやりたいんです。駄目ですか?」
駄目ですかって言われてもねぇ。
オレは自分のくちびるに人差し指をあてて、彼女たちに静かにするよう牽制した。
オレはもう芝居じゃなくて「バンド」。バンドがやりたい訳だから。
そっちへ気持ちが向いちゃってる。そりゃあ コイツらといると楽しい。常に先へ、先へ。進んでいこうっていう前向きなエネルギーがある。
一方バンドマンはもっとクールだからね。 “ハス”に構えてハッキリとした態度を示さないんだ。しかし、このままズルズルと演劇の手伝いをしていたんでは自分のバンドが先へ進まない。ここらが手を引く潮時かな、と思っていた。
「お前らは、今後芝居を続けてどうなろうとしている訳?」
「どうって・・・・? 楽しいから いいじゃないですか」
「楽しいだけじゃ続けて行ける訳ないだろう? オレはそうやって時間を無駄にしてきたんだ。続けるためには、もっと“展望”がなけりゃ駄目だよ。例えば、オレがやりたい音楽の世界には、オーディションというものがある。実力をつけて、そうオーディションに受かれば プロとしての道も開けてくる。ずっと続けたいってことは、プロになるってことだ。アマチュアのままじゃ・・・そのうち仕事が忙しくなって毎日の雑務に追われ、自然にやめなきゃならない日が来る」
「・・・・・」
「うーん。だからカズさんが力貸してくださいよ。どうやったら劇団でメジャーになれるんですか?」
「劇団でって・・・ウーン。そうだなぁ。もし劇団が有名になるとしたら、“露出”だろうな」
「えっ? 露出って・・・裸になること?」
「えっ、はだか!?」
「いやだ、あたし嫌ですよそういうの。芸能界っぽいけど」
騒然となった。非難の目でオレをみる。オレは AVのスカウトみたいに警戒されてあわてた。
「違うよ。そういうんじゃない!! 露出って言ったら・・ もっと人前に出ること。人に見て貰う機会を増やすってことだよ。アホ」
必死の弁解をするオレを、やつらは互いに目で話し合ったあと、
「アー、びっくりした」
と言って笑った。びっくりしたのはこっちだ、という抗議を無視したように別の女の子が、身を乗り出して尋ねる。
「でも どうやったら人前に出て露出・・できます?」
「例えば。オレの知り合いの劇団の場合だと、自分たちの専用スペースを持って、毎日 毎日芝居を打つためのシアターってものを作った。自分たち劇団員でお金を出し合って。小さな小屋だけど、毎日やることによって芝居が練れてくる。クオリティが上がるんだ。人に見られるってことで、育てられていく。そうすれば それを見た客が満足して、家に帰って家族とか友人に話す。次の日もやっているから、じゃあ見にいってみようかって。どんどん口コミが効いてくるんだ」
「なるほど。それいいじゃないですか。持ちましょうよ。自分たちの専用小屋。シアター!」
「馬鹿。いくらかかると思ってんだよ」
「いくらですか?」
「最低でも・・・500万やそこらはかかるだろう」
オレ、全然わかってなかった。そんなスペースが500万程度で持てるはずがない。でも、昔の劇団で中目黒に練習スタジオを借りていた時が 月15万だったし、それから考えると・・・それぐらいあればなんとか。
甘く考えていた。
「500万かぁ・・・1人100万」
みんな黙っちゃった。
でも1人が、
「いっぺんに100万って思わなければいいんだよ。分割。毎月少しずつ貯めていくの。5万ずつ貯めたって・・・1年で60万だよ。もうちょっとじゃん!」
「そうかあ! スゴーイ。それだ。それなら出来るよ」
とことん脳天気な奴らだ。そこが救われる面でもある。
バンド活動がうまくいかず、心に影を落としていた オレのもやもやを吹き飛ばすような爽快感がある。コイツらには。
「フフ。 月5万って言ったって、口で言うほど楽じゃないぞ」
オレが笑うと、
「大丈夫ですよォ。見ていてください、カズさん。お金が貯まってホールが借りられたら、一緒にやって貰えますねぇ」
「そりぁまあ。そこまで根性入れてやるって言うんなら、オレも認めるよ。でも もし、金が出来たら芝居小屋じゃなく、ライブハウスにしろよ。そうすれば、オレのバンドも出演出来るし。ハハハ」
本気にしてないから、オレも軽口を叩いた。
「そうかぁ。ライブハウス・・・カッコいい!」
何がカッコいいのか分からないままに、その場の雰囲気は盛り上がり、楽しい「空想」を話し合った。
ところが。
それは空想では終わらなかったんだ。
アイツら、毎月本当に5万ずつ貯金をしやがった。女のメンバーが4人と男の役者が1人。半年経ったら、150万が通帳に入ってた。
「ウソだろ?」
オレは信じられなかった。まさか本当に金を貯めるなんて・・・
「コイツら、本物だ」
目の前に差し出された通帳を見ながらオレは感動に震えていた。もうオレは認めるしかない。誰が何と言おうと、コイツらの行動力はスゴい、と。
結局、こういう行動力のある奴が、夢を実現していくんだ。偉そうな事言って、ふんぞり返ってるやつはいつまでも同じ場所で不平不満を言うだけ。行動を起こさなきゃダメなんだよ。
バンドのメンバーを見ても、結局半年経っても何も変わらず悩んでいるだけだった。その差は大きい。
「わかった。オレ、お前らとやる」
テクがなくても、経験が少なくても、そんな事は問題じゃない。どれだけピュアで、どれだけ素直で、どれだけ言った事を実現させる行動力があるか。それこそが一番大事な仲間の条件だ。
「ライブハウスを作ろうぜ」
物件をね、不動産屋を廻って探しはじめたんだ。
一方、バンドはベースが居ない状態が続いていた。
「この現状を打破するためにも、ベースが必要だよ。誰か知らない?本物のベースじゃなくてもいいんだ。キーボードを弾く奴なら、“シンセベース”って手もある」
トミノスケがオレ達に言った。
その時、ひらめいたんだ。
「そういえば劇団の女の子の中に、昔ピアノをやってたっていうメンバーがいたな」
「えっ、本当? じゃあ その子、連れてきてよ」
「でもアイツら、芝居しか興味ないぜ。バンドなんか・・・やるかな?」
「とにかく一度、話してみてよ」
そのメンバーは、ヤスコって奴だった。素直で一本気なんだけど、自己主張が強くて 我がままな所もある。若いからね、しょうがない。
皆からも、「お姫さま」って言われてたんだ。そのぐらい気性が激しいから。
声を掛けると、
「あっ、あたし それ出来ますよ。子供の頃からピアノやっていたし」
すんなりOKした。他のメンバーから自分だけが選ばれたっていうプライドもあって、
「あたし、カズさんのバンドでキーボード弾くことになっちゃった」
って自慢してんの。これは ちょっとした騒ぎになった。
「えっ、ズルーい。ヤスコばっかり。何だよォ。抜けがけ」
「いやいや。他のメンバーもそのうち、劇団でバンド作ってさ、皆で音楽やろうよ」
その場を収めるためにそう言ったの。そしたら、
「レイ」っていうメンバーが勘違いしちゃった。
「えっ? あたしたちもバンドに入れて貰えるんですか? じゃあ ヤスコが行く時、あたしも見学に行こーっと」
そうじゃないって。と言う雰囲気でもなかったし。まあ いいやって。ほっといた。
ヤスコがバンドの練習に参加して。
最初 シンセでシンセベース弾かせてたんだけど、ぷーっと ふくれちゃって。
「面白くなーい。あたしずっとピアノやってたんです。こんなシンセなんて。しかも低い方で、ボッ、ボッ、ボッ、なんて単純すぎて」
それを聞いていたレイが、
「あっ、だったら私 シンベやりますよ。ヤスコはキーボーディストに専念すればいいじゃない?」
「やったこと あるのかよ」
「ああ・・・昔、教職取るのにピアノも弾けなきゃならないからって、練習したんですよ。うまくないけど」
レイは教師の資格、持ってるんだ。親も教師で。おかたい家庭なの。で、彼女は今、やわらかい世界にいると。
「ブッ、ブッ、ブッ、ブッ」
飽きもせず、単調なシンセベースを レイは弾くようになった。
ベーシスト?も決まり、これでバンドメンバーが揃った訳だ。
ところがそれを聞きつけた他のメンバー達は、
「ズルイ。2人とも。知らないうちにメンバーになっちゃって」
「そうだよ。あたしたちも見学に行く」
ってぞろぞろ練習場所に現れて、虎視眈々(こしたんたん)と狙ってるんだ。自分たちのパート、入り込む隙間はないかって。目がギラギラしてて。獲物を狙う野獣みたいになっちゃって。練習しづらいよ。
その頃のオレは、大手の電気屋でアルバイトをしていた。
その電気屋の忘年会だか何だかがあった時の話。
「バンドやってるんだって?」
同じバイトの仲間が話しかけてきた。
「俺もやってるんだ。ギター」
「フーン」
そいつ、変な髪形してる奴だなと思って。「変な顔」と思って興味なかった。だから話しかけられても適当に返事をしてたんだ。
「今、俺バンドが無くって。ちょっと遊びに行っていいかなぁ?」
そいつ、なおも話を続けてくる。
「え? うーん、いいよ別に」
冷たくあしらった。そしたらね、ハシの袋に自分の名前と電話番号を書いて、
「マコト。マコトっていうんだ。何かあったら電話して」
って、その袋をオレに渡した。
オレの連絡先も教えてくれって。オレのもハシの袋に書かせたんだ。そいつ。
で、そのまま。オレは酔ってたから、貰ったハシの袋 どこかに失くしちゃって。別に興味なかったし。すっかり忘れてた。そしたら向こうから かかってきたの。
「もしもし。同じバイトの、マコトだけど」
って。
「ああ・・・どうしたの?」
「ちょっとセッションでもして、遊ばない?」
じゃあ、って。オレのバンドの曲をやる話になった。トミノスケの作った、う~ん、な曲だったし音が割れてひどいスタジオの練習テープだったけど。それしか無いからとにかくそれを持って、新宿のホームに行った。女のメンバーたちを連れて。
待ち合わせがホーム、ってすごくない? ミュージシャンって金ないから、喫茶店代とか、払えないヤツも多い。だから、ホーム。合理的だね。
「音、悪いよ」
無茶苦茶な演奏が入っているテープを渡して。マコトはすぐ又、電車に乗って帰ってった。
それを見ていたメンバーが
「カズさん、カズさん。変な頭ですね、あの人」
って小声で話しかけてくる。
「だろ? カッコ悪い髪型だよな。まぁ、1回遊んでやりゃあ 気も済むだろ」
マコトがスタジオに来たのは、それから数日後だった。最初 入ってきた時、
「うわっ」
って皆が驚いたんだ。
「どうしたの・・・・その髪の毛」
髪の毛が長いの。長髪。長髪のロッカーって雰囲気。
ハハハってマコトが笑って、
「いつもの髪型。アレはカツラなんだよ。長髪じゃバイト出来ないからね」
「カツラって・・・・普通、毛の無い人が着けるもんでしょう? ブワハハ。逆カツラだ」
トモコって、ひょうきんなメンバーが笑いながら叫んだ。
「そうかあ。変な髪してる奴だと思ってたんだよ。正直、ダッセェーって思ってたんだ」
オレも笑って、本音を言った。
「うん。よく言われる。他のバンドのオーディション行った時も、ズラでデモテープ貰って、スタジオには長髪で行って驚かすの。ハハハ」
大人になった今もそうだけど、あいつは昔っからそういうイタズラ好きなところがあるんだ。
ギター。フライングVなんか持っちゃって。しかも水玉の。ランディ・ローズってギタリストが好きだって言ってたね。今日は、そのギタリストの命日だから このギター持って来たって。
マーシャルをセットして。
「ギャイーン」
音がでかい。
セッションして。気に入った。ブっとくて、シンのある音がする。コシがあるっていうか。これこれ。オレの求めていた音!
もう1人のヒカルってギターもうまいんだけど、ワイルドさが足りなかった。繊細に丁寧に弾くところは味があっていいんだけど、ともするとペラい音になりがち。今のヒカルはワイルドな音を出すけど、この時は存在感が薄かった。
マコトのは音が会話するっていうか。サウンドが揺れてねじれてひずんで、ロックしてる。「いい音って、こういう音なんだな」ってマコトのギターを聞いて思ったんだ。同時に、こいつ、確信犯だなと思う。「ロック好きなヤツが俺の音を聴けば絶対に好きになる」ぐらいの自信をマコトは持っていたに違いない。だから即決。メンバーに入れた。
マコトがギターに入って。ツインギター。と思ったら
「待った!」
がかかったの。まだパートが無い連中。
「あたしたちも、何かやりたい」
「コーラスは?」
「嫌です!」
嫌です、ってなんだよ。。とも思ったんだけど楽器やる、ってうるさいし。で、1人はギター。1人はパーカッション。もう1人はサックスって割り振りになった。強引に入り込む隙間を作ってやったんだ。素人なのに。
ギターの奴は、ピンクのギターを買ってきて。男のメンバーがサックス。いいサックスを買ってきたよ。セルマーってメーカーの。アレ何十万もするんだ。
ギタリストはそのピンクギターが加わって3人。ツインじゃなくて、トリプル・ギターだよ。もう、何でもアリ状態だな。ベースとキーボード。ドラム、パーカッション、サックス。で、ボーカルがオレ。総勢9人のバンドが誕生した。
アマチュアの極致ってやつだ。やりたい奴らが集まって、やりたいようにやる。その結果がビッグバンド?? ひどいことになったな、と思っていたら
「大丈夫。ドゥービーブラザーズだって七人だよ。タイコも2人いるし」
マコトがフォローして言った。
情熱とテクニック。両方を持ったメンバーは居なくて、結局 お互いが足りない部分を補い合う形で合体したんだ。
オレが皆に宣言した。
「バンド名は、ロックンロール ジーニアスにする」
高校の時、辞書を引いていて気に入ったんだ。
ジーニアス。“天才”か。オレもいつか天才と呼ばれるようなグループを作りたい。会社の名前か、作品かわからないけど、いつか。自分が納得できる状況が来たら、この名前を使って勝負するんだ。そういう、誇りを持った名前だったの。
そう。「ジーニアス」
それは この時、オレの新しいバンドの名前になったんだ。
= つづく =