【第2話】 バンド結成前夜
そもそも物事のはじまりを話すのは難しいことだ。
はっきり、ここからここまでが過去。で、ここからが始まりね。
なんていうふうには人生は出来ていない。だから、このバンドの始まりも、最初はぼんやりしたものだったーー
オレはバンドマンを目指して東京で頑張っていたものの、メンバー探しに難航してなかなかバンドを結成することが出来なかった。そんなある日ーー
池袋の地下道を通っていたら連続して同じポスターとチラシが貼ってあった。
「なんだろう?」と思って近づいて見ると劇団の公演の宣伝チラシだったんだ。
ロックンロール・ミュージカル。
ミュージカルって響きが気恥ずかしかった。劇団なんて興味もなかったし。
けど、「ロックンロール」って言葉が気にかかって、とりあえず観に行ってみるか。と、軽い気持ちで劇場に向かったんだ。
ま、これ以上詳しい話は本筋と外れるので別の機会に話すとして。オレは衝撃を受けたの。こんな世界があったのか、と。影響を受けた。それが2年間もの遠回りになるとも知らずに・・
今考えれば「なにやってんの?」ってことなんだけど。オレはバンドをやるつもりが劇団を結成しちゃって。あれよあれよという間に20人近い劇団員を抱えて座長みたいな立場になり・・・
ホント、なにやってんの、オレ?
って、やっと気づくまでに2年もかかったんだよ。笑っちゃうけどね。
劇団の公演も50回ぐらいやって。もう演劇の人だ。演劇の人、って周りからもやけに言われるようになった時。
「あれ?そうだっけ・・いや、違うぞ。オレがやりたかったのはバンドなのに」
と気づいたんだ。ちょっと・・こんなに気づかなかったのは、もちろんオレがかなりのオトボケだったってこともあるんだけどさ。ロックンロール・ミュージカルだから。
生バンドを入れて芝居をやるんですよ。つまりバンドをバックに歌ったり踊ったりしているうちに、自分ではバンドやってるつもりになって。バンドと芝居がごっちゃになっていたんだよね。
まぁ、間抜けな話には違いないんだが。
で、とにかくオレは気づいた。バンドをやらなきゃ始まらない。オレはロック・シンガーになりたいんだ、って。
その時、もう24歳になってたから。やばい! かなり歳とってきてる。いそがなきゃ、間に合わないぞと。で、芝居関係のことからすべて手を引いたの。
すぐバンド作りをはじめたんだ。
広島の実家に帰っちゃった劇団のバックバンドの「トミノスケ」ってドラマーを呼び戻してね。「トミノスケ」っていっても本名じゃないよ。オレがつけたの。若山だから。トミノスケ。
「どうして?」
「若山トミノスケって役者、いるだろ?」
「・・・? それを言うなら、”若山富三郎”じゃないの?」
って言われたんだけど・・「そうか。でも、とりあえず トミノスケな」ってことで、トミノスケになったんだ 彼は。
トミノスケは、オーソドックス・スタイルだけど当時のアマチュアミュージシャンの中ではドラムが抜群にうまかった。で、彼でドラムは決定。
ほかにも劇団のバックバンドやってた連中がいるから、集めてバンドを結成しようと思ったんだけどそのドラマーのトミノスケ以外の連中には「やらない」って断られて。
困ったな、と思ってたら。トミノスケが同郷の、広島のギタリストが東京にいるという。「池袋の工事現場で、現場監督やってるからスカウトに行こう」って。会いに行ったよ、そいつに。お好み焼きの好きなやつだった。
ていうかさ、広島の人間って本当にお好み焼き好きだよね。いや、お好み焼きなんて言い方をすると怒られる。キャベツのいっぱい入った、広島焼きね。
おたふくソースがどうした、どろソースがどーの。
っていう講義を 彼が連れていってくれた工事現場の近くの広島焼きのお店で延々聞かされながら。小麦粉をたらふくビールで流し込んだ。とにかくこっちはメンバーを集めるのに必死だから、うんうん相づちをうってた。
で、そのヒカルってギタリストを口説き落として音楽スタジオに入ったんだ。彼のギターも、確かな腕前だった。めちゃくちゃウマい。
トミノスケがドラム、ヒカルがギタリストでオレがヴォーカル。今はオレもギター弾くけど、当時は歌が好きなだけのシンガー志望の男だったんです。オレ。
活動をはじめて。
最初は楽しかったんだけど・・すぐ飽きちゃった。
理由? ひとつにはベーシストが見つからず、いまいち音に重さと厚みが足りないってこと。あとは・・
「なんか違うなぁ。オレのやりたいのは、こういうことじゃない」
サウンドの物足りなさ。プレイヤーとしてのエンターテインメント。つまり・・皆うまいけど。アマチュアとしてはそれなりの音出すけど。悪い意味でスタジオミュージシャンみたい。
いや、本物のスタジオ・ミュージシャンはスゴいけどね。超絶技巧の持ち主がサラッ、と笑いながらハイレベルなことやってのけ、はいオツカレさまー。ギャラちょうだい。と、クールにお仕事する。
で、ヒカルもトミノスケもそこまでの技術は無いんだけど、サラーっとこだわりなく演奏してオツカレさまー。ってところだけがスタジオ・ミュージシャンぽかった。曲調も歌謡曲みたいな。そういう曲をトミノスケが作ってきてヒカルもそんなノリで弾いてたし。それを歌えって言われても・・
オレはそういうことじゃなくて、もっとバンドバンドしたものがやりたかったの。「ブルース ロック」みたいなサウンドに刺激を受けた。でも音楽的知識が決定的に足りなかった。楽器も弾けないし曲も作れなかったから、
「ストーンズみたいな ヘタうまなバンドがやりたい」
って皆に言っても理解してもらえなくてさ。結局当時はやりの歌謡曲とフュージョンが混じったみたいなサウンドに落ち着いちゃうんだ。
あと 動き、ね。
「カッコよく動きながら弾いてよ」って言い続けてたんだけど、「なんで動くの?音楽は音に集中するもんでしょ」って感じで突っ立ったままで静かぁに演奏してるんだよね。棒立ち。音さえ出りゃいいのか?
当時オレが考えていたのは、今でいう「デイヴ・リー・ロス バンド」だったりゲフィン以降の「エアロスミス」日本なら「スーパーフライ」だったり「ビーズ」のような。
つまりエンターテイメント・ロックがやりたかったわけ。「Kiss」はイメージに近かったけど、ロックンロールバンドだけど、ちょっとオレの好きなブルージーさがなかった。今なら音楽的知識も増えたから こういう説明できるけど、当時は・・ 音楽詳しくないヤツのたわごとぐらいに思われてたんじゃないかな?
でも、子供バンドとか。ポツポツ動くバンドが日本にも出始めてきてたんだ。
「見ろ。やっぱり オレの言った通りになった。音楽はエンターテイメントに変わりつつある。皆、もっと動こうよ」ってハッパかけるんだけど、地味な人たちだし・・・。
ホント、どこまで行ってもバックバンドだな これじゃあ。って頭を抱えちゃったんだ。
そんなある日――
オレの劇団のステージをよく見に来てくれてた、言ってみれば”ファン”みたいな女の子から電話がかかってきた。
「仲間を集めて芝居をやるんだけど、”演出”を手伝ってもらえませんか?」
ってね。一瞬、言葉につまっちゃったんだ。もう芝居はやめてバンドをやっているんだよ、って言いたいんだけどバンドはあんな調子だし。どうしようかな、と。気晴らしを求めて手伝いたい気分もある。でも・・
劇団をやってた頃の色んなことが思い出されてさ。グループを維持するために、いい加減さや我がままに振り回され、人の面倒ばかり見ていた。「これからは人のためじゃなく、自分のために積み上げるんだ」そう心に誓ったからね。オレはバンドマンだ。
もう あの頃には戻りたくない。
でも まぁ、金も一切出さなくていいって言うし、裏方で手伝うだけなら・・・まぁ いいかって。練習に行った。
代々木のオリンピックセンター。
メンバーは女の子ばかり 10人近くいたのかな。
肉体を酷使する練習方法で 軽くしごいてみた。案の定、何人かやめるって話で。次の練習から6・7人に減ったの。
いいんだよ。そういう「遊び」で来てる奴らはやめちゃっても。そんな奴らとは関わりたくない。人の劇団だったからね、気楽。やりたいようにやるんだ。
「どうせ みんな根性なくて、やめちゃうんだろ?」
ぐらいな気持ちさ。ステージに立つって、そんな甘いもんじゃないから。客の視線って冷たい。シビアに見てる。ちゃんと練習で汗流してる奴だけが、その視線に耐えられるんだよ。
ところが 残ったメンバーは、予想に反して一生懸命ついてくるんだ。「へー」って感心した。素直なの。
何も持たない奴らの最大の武器は、「素直」ってことだね。
何かを身につけようと思ったら、絶対素直じゃないと駄目だ。言われたことを、いちいちひねくれて取ってたら、先へは進まないよ。素直な奴だけが残ってく。
コイツらは、有名な劇団の研究生だった。
やっぱ そういう所のオーディションに受かる奴は違うねって思う。こういうメンバーが最初からいれば、オレも苦労せずに済んだんだ。素直で一生懸命な奴らだから、やりがいがある。オレもだんだん本気になってきた。熱が入ってきたの。
フレッシュだったよ。スゴく新鮮な感じ。
芝居はヘタだったけど、何か すごく「ピュア」でいいんだ。魅力があった。
でもだからって、彼女らとこのまま芝居を続ける気は毛頭ない。やっとバンドに戻ったんだし。劇団を手伝ったのは、あくまでも気晴らし。裏方に徹してしばらく今後の展開を考える時間が欲しかったのだと思う。
その頃、バンドは トミノスケとギタリストのヒカルとオレと。3人で細々とスタジオに入っていた。
「う~ん、このままじゃ、バンドつまんねぇな」と思いながら、トミノスケの作ったオリジナルを練習してたんだけど・・・
バンドの連中は、そこそこのテクニックはある。でも、今のままじゃつまんない。なんとかしなきゃ、魅力がないんだ。
一方、劇団の女の子達は、個性的で前向きで楽しいんだけど、残念ながら技術がない。
技術と魅力。
考えさせられるテーマだけど、どっちが欠けても奇跡は起こらない。
劇団とバンドじゃ、まったく別物なんだけど何かそこに。大きなヒントが転がっているような気がしていた。捨てがたい宝が目の前にあるような。何かの化学変化が起きそうなザワザワと心が波立つ予感。。でもそれはまだ、ぜんぜん姿を現していなくて。ただ何かが起こりそうな予感だけがそこにある。
そんな「矛盾」と「葛藤」を抱え、オレは2つのグループを行ったり来たりしていた。
= つづく =