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16/11/1

少年期

Image by Olia Gozha

子供の頃は親の方針と自分自身の意思で、いくつかの習い事を始めました。

水泳、剣道、算盤をやっていました。

剣道は父親が道着・防具を付けた剣士を見てかっこいいと思ったから、思いつきで息子にさせたかったようです。

小学2年生のある日曜の朝、なぜか通っていた小学校の体育館に弟と一緒に連れて行かされ、気づいたら剣道の先生の前でお辞儀や正座の作法を教わっていました。

別に剣道には全く興味がなかったのですが、なし崩しにそれを始めることになっていました。

算盤は、水泳・剣道と違って自分の意思で始めました。

剣道で仲の良かった子が算盤をやっていて、何となく興味をもったのです。

今思えば、これは当たりでした。

算盤をやれば計算がものすごく早くなるので、学校の算数の授業が得意になるからです。

でも学校の授業が算数から数学になる、中学に上がる頃には算盤をやる意義を感じなくなったので、きりのいいところでやめました。

この中で、一番付き合いが長いのが剣道でした。

計7年ほどやって、結局この競技自体はあまり好きではなかったのですが、私にとってとても有意義な活動でした。

剣道は団体戦もあるので、同じ年頃の子達との交流が自然ともてるようになりましたし、大会で色んな所に遠征・観光もできたからです。

私のいたチームは全然強いチームではなかったのですが、先生が高段者の有名な方だったので、中国大会や武道館で開かれる全国大会なんかにもエントリーできました。

中国大会ではみんなで春の松江城を観光しましたし、武道館に出たときははとバスを予約してから東京に行きました。

最初から負ける前提で観光コースを組んでいましたね(笑)。

当時は山口の田舎から初めて東京に出て、上野でパンダを見れただけで満足していました(笑)。

そういった同年代の子との団体行動を通じて、引っ込み思案の性格を小学校~中1の7年間かけて少しずつほぐしていった感じでした。

しかし中1の秋に山口から広島に転校して、環境が一変することになります。

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