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16/6/2

【第9話】父子家庭パパが所持金2万円からたった一人で子供2人を育てた10年間だったけど、これで良かったのか今でも分からずに文字にした全記録を、世に問いたい。

Image by Olia Gozha

平成18年9月、僕たち3人は隣町の実家に引越しをすることになった。

僕にとっては慣れ親しんだ町だったが、子供たちにとっては縁もゆかりもない初めて住む町だ。

不安がないと言えばうそになるから、精いっぱい笑って子供たちを笑顔にした。

下の子は幼稚園をすでに辞めていて、引っ越した後にどこか新しい幼稚園に通うということはなかったが、上の子は小学生だったために、9月の新学期から新しい小学校に通うことになった。

引越しも終わり、新しく通うことになる小学校にも手続きを済ませ、新しい担任の先生とも顔合わせをし、いよいよ転校生として初日を迎えた日、下の子を連れ3人で小学校に行った。

下の子は初めて行く学校に興味津々で、いろんなところを珍しそうに眺めていたけど、上の子はさすがに緊張した面持ちで、そわそわしながら不安げな表情を浮かべていた。

図書室で一旦待機してから教室へ向かうとのことだった。

朝の9時過ぎ、図書室から見える校庭には誰も居なくて、夏の日差しに生い茂った緑色の葉っぱが気持ちよさげに揺れていた。

遊び相手のいない遊具が、校庭の静けさを強調する。

いよいよ新しい生活が始まる、これから先3人で乗り越えなければならない壁がどの程度の物なのかさっぱり分からなかったけど、どんな時でも力を合わせて笑って乗り越えなければいけない。

生まれて初めて経験する転校を、今まさに乗り越えなければいけない小学3年生の上の子の肩を、僕は抱きかかえた。

「大丈夫、今日から楽しいことばっかりだからな」

出来るだけ良いことを考える。

子供たちがいつでも笑顔になれるような言葉をかける。

上の子はそれどころではないといった雰囲気で、相変わらず落ち着かない様子でそわそわしていた。

15分程度待たされたのちに先生が呼びに来て、いよいよ教室へと案内されることになった。

静かな校舎に僕のスリッパの音だけが、不自然に響き渡っていた。

先生が先頭を歩き、僕が下の子を手を引いて歩き、一番後ろから上の子がついてくる。

階段を上り、廊下の中ほどまで歩いたところで気配を感じた新しいクラスメイトのみんなが、大歓声で上の子を迎え入れてくれた。

小学3年生にとって、自分たちのクラスに転校生がやってくるということは、それはそれは一大イベントに違いない。興奮を抑えられないようなそわそわした空気は、歩いている廊下にまで伝わっていた。

担任の先生は若い男の人で、運動ができそうな活発なイメージ。

先生は上の子の頭を軽くなでると、背中を叩き教室の中へと誘導し教室の扉を閉めた。

上の子が教室に入ると、先生は僕たちを見てうなずいたような、会釈をしたようなしぐさをし、教壇へと登って行った。

連れられた上の子はどこかぎこちない様子をしていたが、クラスメイトの大歓声に少し気が楽になったのか、にっこりと笑顔を見せた。

それを見て、僕は安心した。

閉められた教室の引き戸のガラス窓からクラスを見渡すと、クラスメイト数人が僕たちに手を振ってくれた。

手を振りかえしながら、よろしくお願いしますと何度も何度も心の中でつぶやいた。

それに気づいた上の子がこっちを見たから、僕は手を振って数回頷いて見せた。

「頑張れ、頑張れ」と、言ったつもりだった。

上の子は僕の目を見て、「大丈夫」と言ったような気がした。

下の子の手を引きながら今来た廊下を引き返しているときも、教室から漏れる歓声に胸をなでおろした。

なんとかうまくやっていけるかもしれない。

いや、あの子ならうまくやってくれる、大丈夫。

親として、子供が学校で楽しく過ごせるか、過ごしているかということは気になるところだ。

それが転校となるとなおさらだろう。

一大イベントを終え、少し肩の荷が下りたような気持ちがした。

車に乗って一足先に家に戻り、上の子の帰りを不安な気持ちで待っていると、夕方3時を過ぎたころに、担任の先生とクラスメイト3人とともに歩いて帰ってきた。

「初日だったんで、一緒に帰りました」

と、溌溂としたジャージ姿の先生は言った。

「もう、お友達ができたんですよ」

先生が言うが早いか、飛び出して家に戻った上の子は、ランドセルを置き再び出てくると

「僕、遊びに行ってくる」

と言って、一緒に帰ってきた3人のクラスメイトと遊びに行ってしまった。

それはどんなに心強いことだったろう。

彼もまた、肩の荷が下りたのかもしれない。

「ありがとうございます、なんとかやって行けそうでほっとしました」

先生にお礼を言って、頭を下げた。

転校することにあれだけ抵抗し、ふてくされていた上の子だったけど、見事に自分の力で新しい道を切り開いてみせた瞬間だった。

あの日のことは、今でも忘れない。

わずか9歳の上の子が、なんだかとてもたくましく立派になったように思えて、うれしくてたまらなかった。

僕はこの日、多くのことを学んだ。

子供の可能性と順応性、そして何よりも、これから先僕たちはまだ先に進めるんだという希望。

子供たちの力を借りて、子供たちと一緒に乗り越える。

それでいいと思った。

このへんてこな父子家庭生活を、子供たちと一緒に乗り越えて一緒に成長していこうと、それが出来るに違いないと思った。

この1日の出来事は、僕達にささやかな勇気と希望をくれた。

上の子の転校がひと段落したのもつかの間、母の容体が急変し、一刻を争う緊迫した状況になった。

一晩を母が横たわる個室で過ごし、だんだんと呼吸がゆっくりになっていくその様は、誰が見てもいよいよ死を迎えた人間のそれだった。

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