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16/4/9

元心臓病のホームレス少年が カリブ海に住むようになった3つの理由

Image by Olia Gozha

第1話 渡米までの道のり


1982年 4月 25日
少年が生まれたのは 長野県の片田舎 人口2000人程度の過疎化が進む農村だった
保母の母 サラリーマンの父の間に生まれた平凡な家庭の長男として
日本のチベットや陸の孤島とも揶揄される農村で少年は幼少期を過ごす


丸々と太っていてボンレスハムに似ていた事から ボンちゃんと呼ばれ 
愛情をたっぷり受けて育っていった


幼稚園では 大人になったらどんな人になりたい? という質問を受け
級友が ケーキ屋さんとか お花屋さん 等と答える中で一人


俺は弁護士になりたい と言い放って周囲の大人たちを驚かせたりもした



村の小学校に進学すると 早速辛辣ないじめの洗礼を受け


靴や筆箱が水槽に沈んでいたり クラスに戻ると机に落書きをされている事等は日常茶飯事だった



幼いながらも その状況を打破しなくてはいけないと思い
クラスの男子生徒を相手に 
犬にかまれて腕が包帯でぐるぐる巻きだった状態にも関わらず喧嘩を仕掛け 
ある程度シバキ上げる事に成功した少年を
翌日から虐める人は皆無になった



そんな少年の心を揺さぶり その後の人生を大きく変える切っ掛けとなった出来事は


湾岸戦争だった 


ペルシャ湾沿岸で スカッドミサイルが飛び交う中 必死にその状況をリポートする日本人リポーターの姿を見て


自分もいつかは海外に行きたい 危ない場所を見たい そして真実を伝えたい
自分もリポーターになりたい という気持ちが沸々と沸き上がり
次第にその気持ちを抑えきれなくなっていった


やがて情報を仕入れるという作業が楽しくてたまらなくなり
小学校では読書に勤しみ 図書館を3つも掛け持ちして 家族名義で本を借り
1か月でハードカバーを100冊読破するような少年となっていった


ファンになった海外の作家にファンレターを送り 返事が返ってきた時には 飛び上がって喜んだ


情報を仕入れていく中で リポーターの原稿には TV局のスポンサーによる意向が強く反映されてしまう事を知り 少年は愕然とする


自分の言葉で 誰にも脚色されずに メッセージを伝えたい
歪んだ真実を伝えるような大人にはなりたくない


そう思い始め 少年は自分の夢を リポーターから 
フリーランスの国際ジャーナリストになる事に変えた


フリーランスであれば 局や新聞社のカラーに染められることも無いだろうという理由だ



そしてなによりも 自由を連想させる フリーランスという言葉が気に入ってしまった



自分のメッセージを脚色されないように多くの他人に伝える方法は何か
熟考した結果導き出した答えは


英語を学ぶことだった


世界で一番使われている言語は英語
その言葉を駆使できるようになれば
自分の日本語が翻訳者によって歪曲されてしまうリスクも無くなるし


何よりも世界中の人とコミュニケーションをとる事が出来るようになる


そうなればジャーナリストとして 世界の様々な場所に出かけて行って仕事が出来る筈だ



そう考えて両親に頼み込み 英語の塾やキャンプに通い
スピーチコンテスト等にも積極的に参加するようになっていった


中学校に進学する齢になると
海外への憧れはさらに強まっていく


帰国子女の友人が出来た事でさらに具体的なイメージが浮かぶようになり
洋楽のCDを貸し借りしたりしながら
海外、特に世界の中心であるアメリカに思いを馳せる様になっていった



そんな時
夢と希望に満ち溢れていた少年を突如襲ったのは
強烈な胸部の激痛だった


中学2年生のプログラムである 西駒ケ岳への登山の途中
6合目に差し掛かろうかという時に


呼吸が出来なくなった



背中にまで及ぶ胸部へ ナイフを柄まで刺したかのような激痛が繰り返し襲い
口を開けると 自分の心臓の鼓動が ドラムのように聞こえてくる



異常を察した教師は救急車を呼ぼうと奔走するが
2000メートル級の南アルプス山中で携帯の電波は届きにくい


教師が持っていた携帯は全て繋がらなかった


胸の痛みはさらに増していき 意識を維持するのさえも困難になってきた状況で
別の登山ルートから不意に現れた個人の登山客が偶然にも携帯を所持していて
たまたま彼の携帯は微弱な電波を感知し、救急車を呼ぶ事が出来た


しかし救急車が近づける最短の距離はどう頑張っても1合目だという
教師に担がれながら 再び下山をする事になり
更に浅くなっていく呼吸が途切れがちになる頃に 1合目に辿りついた


救急車に担ぎ込まれると
運転手が開口一番 あー また高山病だね サイレン消しとくよー
といい けたたましいサイレンのスイッチを切った


少年の意識は朦朧とし始め
病院に担ぎ込まれるともはや言葉を口にできなかった



医師たちは運転手同様 高山病であるので 家に帰って静養するように と伝えてきた


帰りの支度が整い いざ病院を後にしようとなった時に 検査室のドアが開いた
現れたのは若い看護師


少年の様子を見て
恐る恐るながらも進言する看護師


先生、少し様子がおかしいので 血液検査をしたらどうでしょうか



医師はひと時の沈黙の後 


じゃあ採っておけ


短い指示を出す



血液検査の結果は 高山病では無かった
血中で発見されたのは 大量の死んだ細胞


それがどこから来ているのかを探る為に 
直ちにCTやエコー等の追検査を行うと


心臓に重大な疾患が発見された
心不全と不整脈 そして左心室中心に広範囲に渡る心筋炎だった



校長と教頭 そして両親が病院へ呼ばれ 緊急事態である旨を説明される
予断を許さない事態に 母親は顔を覆った


なんと左心室の半分が ウィルス性と思われる心筋の炎症によって 壊死を起こしてその死んだ細胞が血中へ大量に流れ出していたのだ



日本でも心臓外科の分野では権威と呼ばれている医師がその病院には所属していた
しかもそれは母親の幼稚園での教え子の親というおまけつきだった


学校から遠く離れた病院だっただけに 奇妙な偶然の連続に少年は頭を傾げていたが



周囲は一刻を争う事態に 騒然としていた


両親は医師から ウィルスを殺す為に免疫を落とす薬物を投与しなければいけない旨を説明され、 その為には実印の押印とサインが必要だと迫られた


命がつながるならと 書類にサインをしハンコをおした


その薬物は一時的に免疫を下げるような代物ではなく
一度の投与で一生涯 免疫が健常者よりも弱くなってしまうという恐ろしい副作用を要する物だった


的確な判断と迅速な治療が功を奏し 少年は命を取り留めた




医師は車椅子に乗ったままの少年を呼び出し
落ちついて聞いてほしいと語り始めた


医師の話を要約すると
あと1時間病院への到着が遅かったら 命を失っていたかもしれない
今後障碍者として生きていくことになるが 生きているだけで感謝するように
車椅子から起き上がれる見込みは未知数で 限りなく低い


との事だった


14歳の少年にはとても受け入れられる内容ではなかった
恋もしていたし
ジャーナリストになるという夢を 病気を理由に諦められるはずなどなかった




その日から緊急入院となり
暫くは個室での入院が続いた


発作が減り 大部屋に移されるようにまだなったが
80歳レベルの老人の体力にまで回復するかどうか という見込みには変化が無かった


少年はトイレに行くことも許されず
寝る事しか出来なかったので


1000円のプリペイドカードで見れるTVを眺めていた
画面に映っていたのは日本対ブラジルのサッカーの試合


なんとその試合で日本はブラジルに勝利するという大金星を挙げてしまった


少年の心は踊った


同時に心臓も発作を起こし 異常を知らせるブザーが鳴り響いた
血相を変えて部屋に飛び込んでくる看護師からは


もうサッカーを見ないようにと 暫くのTV視聴を禁止されてしまったが


少年の脳裏には海外で活躍し 日本のメディアを賑わせる選手の喜ぶ姿が焼き付いていた



【俺もいいニュースを日本に伝えるんだ】


少年の夢はウィルスによって消えるどころか更に大きくなった



ベッドの上で過ごす時間が増えるにつれて
次第に少年は何故自分が生き残る事が出来たのかを考え始めるようになった




突如現れた登山客や看護師 そして医師が母親の知り合いで心臓の権威だったという偶然等を思い返していると



もしかしたら大いなる力が 少年を生かそうとしているのではないか


と考えるようになっていった



入院中に読んだ三浦綾子等の死生観や原罪といったテーマも多少なりとも影響したのかもしれないが



それよりも自分の体の中から湧き上がってくる 生きたいという気持ちとエネルギーを感じ



命を得たからにはこの世界でやるべき使命があるに違いない
その使命を全うするまでは死なないに違いないと


考えは確信へと変化した



病状は劇的に改善し


起き上がれるかわからないとまで言われた車いす生活もあっけなく終わり


1か月後には学校へ戻れるレベルにまでなっていた



心臓の筋肉は再生しない細胞で形成されいる筈なのに ここまでの回復を見せるのは医学的にも説明が出来ないという事で


大学病院から少年の心臓を精査したいというオファーが来るようになるまでになった


大腿からカテーテルを挿入し 冠動脈を経由して心臓にチューブを入れ


先端についた摘みで 心筋の一部を採取し それを研究したいという申し出だった



協力を求められた少年は 内容を聞くや否や お断りの返答を提出した


自分の体に異物を挿入されてまで 危険の伴う実験台に使われるのはごめんだったからだ



折角拾った命だから 有意義に使わなくてはならない


中学3年に進学した少年が心に決めた次のステップは
日本で高校受験をしない事だった



その変わりにアメリカへ留学するのだ と決意した
真実を伝える国際ジャーナリストになる為には
英語が必須条件
英語を学ぶためには 本場であるアメリカに渡り
あらゆる人種や文化 そして 流行を自分の目で確かめる事が不可欠であるし
それ以外に道はないと信じていたからだ



当然両親や家族は大反対
学校も英語の成績が5段階評価で2だった少年に対して


受験から逃げないように という アドヴァイスを伝えた


しかし少年の決意は揺るがなかった
出来る時に出来る事をしておかなくては いつ何が起こるかわからない



そして1年間に及ぶ少年の長いロビー活動が始まった


留学関係雑誌の資料を山のように請求し
自分がサインする部分は全て書き終えた後で
後は親がサインする部分だけです と頭を下げたり


休みがあれば親を留学説明会に連れていき


隣の村に留学生が居る事を聞きつけて国際電話を掛け 
いかに今行くことで本物の英語を身に着ける事が出来るかを説いてもらったり


その留学生が帰国すると早速自宅に呼んで説得をしてもらうという波状攻撃を延々と繰り返した



中学校の弁論大会にも自ら立候補し 他の生徒が日本語でのスピーチをする中で


唯一英語でスピーチをするという行動まで起こすようになった


その時のスピーチのタイトルは DREAMS COMES TRUE だった



バンド名をパクった訳では無く 夢を絶対に叶えて見せるという覚悟を明確に表明した瞬間だった




1年間に及ぶロビー活動の終盤 少年は両親を取引の土俵に引き釣り出す事に成功する



もし米国のビザが取得出来たら 渡米を許す
もしビザが取得出来なければ 大人しく日本の高校に行きなさい といった内容の取引だった



夢を明確にイメージして 挑戦の手を緩めなければ 必ず叶うと信じていた少年は心の中でほくそ笑んだ


幸運の女神は必ず自分に微笑むはすだ 


両親の心中がどうだったかはわからないが 
ビザが取得出来るとは思っても見なかったかもしれない



ビザを取得出来てからは学校への入学手続きや 法的な書類の用意等
留学の夢を叶える為の準備は着々と進んでいった


そして15歳の少年は中学校を卒業するとすぐ
単身夢のアメリカの地へ降り立ったのだった




第2話 3度に渡る高校退学事件



喜び勇んで降り立ったアメリカの地は 初めての海外の地でもあった


15歳の少年から見たアメリカの最初の姿は
ダラス フォートワース空港の 広大な滑走路だった


空港の中に電車が走る程の広さと
地平線まで広がる滑走路に沈んでいく特大の太陽を見て


村人だった少年は自分で選択した 新しい道をどこまで切り開けるのか
未知なる挑戦が出来る喜びに体を震わせた



ダラス経由で降り立った目的地は オクラホマシティから車で数時間のノーマンという場所だった


空港に迎えに来てくれたおばさんが 新しいホームステイ先の家族に違いないと思ったが


簡単な会話も交わすことが出来ずに 到着までニコニコしている事しか出来なかった


もしこれが本当のホストマムでなかったらどうなるのだろうかという疑念も頭をよぎったが



良く思い返したらアメリカの地に足を踏み入れる事だけに注力してきた1年だっただけに


そんな事よりも この後具体的にどうしたらいいのだろうか がわからない事の方に恐怖に感じた


真夜中に住宅地で車が止まり 1件の家のドアの前に連れていかれた
ドアが開くと中から小奇麗な老婆が姿を見せた


迎えに来てくれていたのは近所のおばさんで 本当のホストマムはこの老婆だった


家の他の住民は エクアドルから来たイケメンでプレイボーイのマリシオ


そして真っ黒な猫 スモーキーだった



少年はこの町で まず語学学校に通う事になる


この町を選んだ理由は米国内の英語の教科書の多くは オクラホマ州で発行されている事から 語学学校で手っ取り早く英語を学べるだろうという理由からだった


語学学校では少年と同じように各国から夢を持って集まった留学生で犇き合っていた
最初に友達になったのは プロのバスケ選手になるという夢を持ってやってきた
仲西という同い年の少年だった
彼の夢は明確で 
家に遊びに行っても 早朝に一人で家を抜け出し 小一時間練習をしてから戻ってくるというレベルのストイックさを持っていた
部屋の中もバスケ選手のポスターに埋め尽くされていて 
夢を叶えるという本気さが手に取るように伝わってきた



自分はジャーナリストになる為に毎日をどう過ごせばよいのだろうか
少年の胸に一塊の不安が過るようになったが


仲西と男の約束をする事で 夢から視線を離す事が出来なくするという手段を取る事にした


男の約束とは


仲西のデビュー戦を必ず取材する というものだった


その約束は時を隔てて果たされることになるのだが



それまでの道のりは少年の想像を遥かに超えて 波乱に満ち溢れた事になるとは


予測できる余地は皆無だった



語学学校のプログラムを終え
とうとうNY州にある高校へと進学する事になった



その学校へ進学した理由は 日本で検索可能な学校の中で最も学費が安かったという事と


NYは日本で言ったら東京のような場所なので ニュースで聞くような標準語を学べるに違いないという憶測をしていたからだった



高校での第一歩はまずは英語力のテストを受ける事だった
このテストの結果によってESLという英語を母国語としないクラスに入るか
レギュラークラスといって現地のアメリカ人と同等のクラスで授業を受けるかが決定する


テストはマークシート式だった


よく見ると 薄く○を消した跡がある事に気が付いた少年は
その通りにマークシートを記入した


テストの結果 少年にはアメリカ人と同等の英語能力があると判断され
初日からレギュラークラスの授業を受ける事となった


思いもよらない幸運に 少年は幸先の良さを運命に感謝していたが
いざ始まってみた授業の中身は 全く理解できず
自分が後戻りできない窮地に陥った事に程なくして気が付くことになる


1年間必死で喰らい付いて 訳の分からない授業に出席し続けたが
美術は疎か 体育の授業の単位さえも落としてしまい
1年で取れた単位は0という現実が立ちはだかる


確かにその学校は ミッションスクールの中ではハーバードと言われる東部でも指折りの大学付属高校であった為に
半径60マイルの中では筆頭の進学校というレベルの高さを誇っていたが


それでも取得出来た単位が0というのは汚名以外の何物でもない


少年は頭を悩ませたがここですごすごと引き下がるわけにはいかない
あれだけのロビー活動を繰り返して結果 両親に借金をさせてまで叶えた留学の夢を


その程度で諦めるわけにはいかなかった


少年は語学学校で出会った他の生徒が進学した先へ 望みを繋げる事が出来ないか
行動を起こしてみた


小学校でいじめっ子相手に喧嘩を仕掛けた時のように
今までも自分の陥った窮地からは自分の行動によってのみ脱出をしてきたからだ


今までの学校を自主退学し


そして今度は北米大陸の反対側
オレゴン州の高校へアプリケーションを自作し提出した
見事にそれが受理をされ
なんと高校1年分の単位も免除になって
晴れて2年生から学業を継続出来る事になった


1年目は留学会社に委託してやっていた作業を 
全て自らの手でやってみたら
訳なく出来てしまったので その年からは留学会社のお世話になる事を止めた



オレゴン州はセーラムにある高校は なんとNYの高校よりも学費が安かった
やはり現場に行かなければ 本当の情報を得る事は出来ないのだと 悟った



意気揚々と新しい高校生活を始めたものの
プライベートスクールという厳しい環境の中で


喫煙が見つかってしまい退学になったのは 転校して間もなくの事だった


学校ではノートーレランスといって情状酌量をしない制度を取っていたので
そのまま帰国以外の選択肢を選べなくなってしまった



帰国して途方にくれていると
その学校の校長が退職し
新しい校長が就任したニュースが飛び込んできた


そして学校と折衝した結果
校長が変わったので新しい生徒という立場で再び受け入れるという特別対応を勝ち取る事に成功した


少年は喜び勇んで再びアメリカの地を踏むが


ホストファミリーが勝手に開封したレターの中に
喫煙をしている姿が映っていて


それが復帰前の物であるという証明が出来なかった為に
再度退学の処分を受けてしまう



もう正攻法で戻れる見込みは無いだろう


そう悟った少年は 両親へ合わせる顔等あるはずもなく


日本へ帰国したその日の夜に家出をする
2度と両親へ迷惑を掛けたくないという思いから
カードを机の上に置き
置手紙にもう迷惑はかけませんという内容の旨を置手紙に残し


アメリカよろしくヒッチハイク等を試しながらとにかく遠くへと向かった



第3話 17歳のホームレス


























































辿りついた先は 名古屋だった


実家から一番近い都会だ



焦っていた少年の頭にあったのは
正攻法ではなくアメリカに戻る事だった



とにかくアメリカに戻らなくては当初の目的も何も果たす事は出来ない


そして思いついたのは自衛隊になる事だった


自衛隊の海士になり 台湾等との共同軍事演習で他国に渡る事さえ出来れば 
地球を反対周りしてでも再びアメリカの地を踏む事が出来る


奇天烈極まりない計画ではあったが 少年は真剣だった


コメ兵というアウトレットストアにアメリカで買った最先端の服を売ると
日本で流行り始めていたばかりのブランドだったらしく


思いの他高値がついた


その金で自衛隊海士の本を買い


そのの1冊だけで勉強し
試験日まではなんとか路上で過ごそうと覚悟を決めた



少年ホームレスの誕生した瞬間だった


寒風の吹き晒す冬の名古屋は少年の体を芯まで冷やしたが


少年の心の中の灯は熱く燃え続けていた




他のホームレスとの縄張り争いで


次にここで寝たらしょんべんを掛けるぞと脅されたり



道行く人が捨てた弁当を漁り 喰い荒らす姿を好機の目で見られたり


寝る場所だけを探して1日中歩き回る日々が続いた



週に1度の贅沢で


松屋の240円の牛飯というキャンペーンを当時やっていたのだが


240円を握りしめて松屋に入り


御飯を一粒残らずゆっくり食べた後


テーブルに置いてある紅ショウガの箱 を人目もはばからず 全て食べつくした


最後に残った薄っぺらい牛肉の欠片を 1枚1枚味わって食べ


お茶を何杯もお代わりして


可能な限り腹を膨らませ 暖を取った



コンビニで立ち読みをするフリをして
頭を本棚に寄りかけて立ったまま寝たりしていたが
だいたいしばらくすると追い出された


結局大抵の夜は 大須のアーケードで雨を凌ぎ乍ら
路上に段ボールを敷いて寝るというのがお決まりのパターンだった



やがて仲良くなったホームレスから
夜中の2時にある場所に並ぶと 日雇いのトラックが迎えに来るので
選ばれれば その日は11500円貰える という情報を入手した



早速その場所を探し出し 夜中の1時から並ぶと
少年のような浮浪者が ぽつりぽつりと集まってくる


2時に白いバンが現れた
作業着に身を包んだ初老の男性が


慣れた様子で浮浪者を指さし


お前 お前 という風にバンの中に乗せている


少年は力いっぱい手を挙げて
まるで小学校の授業参観の日くらいに



はいはいはいはい とアピールをした


初老の男性は やれやれといった様子で少年もバンに乗せた


バンの中に隙間は存在しなかった


何重も服というより襤褸を着重ねた浮浪者達が
犇き合うように座席に座り


全員がたばこを吸うので 車内は体臭と煙で噎せ返る様な有様だった 


現場に着くと 安全靴と作業着を渡される


初日は四日市までの遠征だった


13時間たっぷりと工場にバカでかいモーターを設置する作業をし


夕方帰ってきた時に茶封筒を渡され


中に入っていた1万円札を目にした瞬間


やっと風呂に入れる という 数か月前までは当たり前だった事への喜びが湧き上がってきた


一番安いサウナを見つけて風呂に入り
体をゴシゴシと擦る


真っ黒い垢が消しゴムのカスのように 爪の下へ潜り込んだ


べたべたの髪の毛ではあまり泡が立たなかった


その日はサウナのリクライニングチェアーで寝る事にしたが


毎日あのバンに乗せてもらえるかはわからない


免許証も保険証も無い身元不詳の怪しい浮浪者だ


この金は臨時収入と思って大切に使うしかないだろう



再び夜の1時に 少年は同じ場所に戻った


今度は一番前だ 絶対に乗ってやる



はいはいはいはいー!!


元気よく手を挙げると失笑が起こった
いつまでその元気が続くか見物だな 小僧


少年は気にも留めずに他の浮浪者達へ一瞥をくれると
バンへ乗り込んだ



そうやって生活をしているうちに
仕事を浮浪者に斡旋している会社が


寮を持っていると 他の浮浪者が教えてくれた


寮と言っても名ばかりの 所謂タコ部屋とでもいうような
布団が1枚敷けるくらいの狭い部屋だ


そこに入れば 日給は9000円に減るらしいが
毎日仕事があって 少しばかりの御飯にもありつけるのだという


早速運転手経由で話を繋いで貰った


保険保証は無し 死んでも知らない 遅刻欠勤は許さない


簡単な条件だった


2つ返事で了解し 入寮が決定した



毎日朝7時から夜の8時までか 夜の7時から朝の8時までの13時間休み無しで働き


1度だけ出る飯を喰う時間さえもたったの15分で 立ったまま食べるしかないという内容だったが 


寝る場所と飯が貰えるだけで 少年は満足だった


最終的に配属された仕事は トヨタホームの外壁に使う石膏ボードに空いた穴をパテで埋めて 上から塗料を塗るという仕事だった


場所は吹き曝しの工場


ものすごく冷えるので 工場内にはジェットヒーターが轟音を上げている


シンナーと塗料を使うのだが 揮発した有機溶剤によって少年の体に変化が起こった


一番下っ端の少年にはマスクが配布されず たちまち 喉が荒れ 喉チンコが親指位の太さになり舌の上に乗っかる程 酷く腫れてしまった 


呼吸が困難になり いつも下を向いていないと 己の喉チンコを飲み込んで窒息しそうになるので 苦しかった


しかし 死因が喉チンコというのは 路上で野たれ死ぬよりカッコ悪い


少年はどんなに苦しくても休まなかった


他にも休めない理由があった



各部屋に特大のスピーカーが用意されていて
少しでも遅れると そのスピーカーから 起きろこら と叫ばれるのだ



その音で隣の人を起こしてしまったりすると大変だ
お前のせいで寝れんだろ と
暴行を加えて 顔がサッカーボールみたいに腫れあがった人も見た


さらに 起きてこないと 着物の着流しにサングラスをかけた強面のおじさんが
早く出てこいと 木刀で部屋のドアをバチバチに殴るのだ



これでは遅刻もするわけにはいかない


この建物に入居しているのは 
保護観察処分中の人間やシャブ中
ヤクザから絶縁状の回覧を回されたような連中ばかりで 中には荒っぽいものも少なくない


貰った金ですぐにシンナーを買い
それで女子高生と援助交際する輩等も 珍しくはなかった


少年はそんな連中の中で働きながら
ひたすら自衛隊の試験に備えて勉強しながら
再びアメリカの地を踏むことだけに意識を集中していた



最後はそんな建物で寝泊まりはしていたが


事実上ホームレスである事に変わりがない生活に終止符が打たれることになった原因はなんとも不可思議な出来事が起こったからだった



キンコースというコピーや印刷が出来る店では


インターネットも使用することが出来るのだが 少年はそこでメールをチェックしていた



メールボックスに 母親からの受信があった


内容は もしかして安城市という場所に居ますか? というものだった


少年は行き先を誰にも伝えていない


背中に冷たいものが走るのがわかった



なぜなのか読み進めると


母親は昨夜夢を見て


夢の中で男の人が現れて 将大は 愛知県の安城市という場所に居ると 告げられたという事だった



少年はある事を思い出して戦慄が走った



少年も昨晩夢の中で 実家のこたつの中に居て 


夢の中に現れた母親に何処にいたか尋ねられ


安城市という場所にいると答えてしまい 


ハッとして目覚めた事を思い出したからだった




母親にその事を告げると 母親もゾッとしたようで


家に帰ってこいとは言わないから 一度会いましょうという話になった




引き戻されないか警戒しながらも 両親と名古屋市内で会う事にした


両親には自衛隊に入る事を伝えたが


父親から 日本では中卒扱いのお前が自衛隊に入隊したところで屁のツッパリにもならないと窘められた


それよりも一回目に退学になった際に アプライした大学から一度入学許可のお知らせを貰っていたので


その大学に再度今からでも入れないか打診してみたらどうかという 提案を受けた


校長が変わったので新しい生徒として退学処分を受けた高校に戻れることになったので


合格した大学には行かなかったのだが


そこにもう一度連絡をしてみるのはどうか という神提案だった




早速大学に連絡を取った


返事は意外にもOKだった


ただ在学中にハイスクールディプロマという日本でいう大検のような 高校卒業に相当する単位を取得することが条件だった


願ったり叶ったりとはこの事だった



そしてホームレス生活に終止符をうち 

少年は高校の単位を一つも持たない状態で
飛び級でアメリカの大学に進学したのだった





















































































































































































































































































































































































































































































第4話 大学時代に味わった挫折






















































































































































































































































































































































































































































































再びアメリカの地に降り立った少年は 今度こそはと一念発起して大学で単位取得に励む


1年後 取得出来た単位の総数は進学に満たない数で


再び退学の宣告を受けてしまった


自主退学も含めると実に人生で4度目の退学だ


ならばと少年はまだ諦めず トランスファーを果たし 新しい大学に編入した



新しい大学でやっとの事でライティングやジャーナリズムに関しての授業を受ける事が出来た


この分野を勉強する為に苦心の思いでこの地に渡ったのだ


文章を書く事には絶対的な自信があった


根拠は無い 


ジャーナリストになると決めたその瞬間から 自分には文章で人の心を動かし


伝えたいメッセージを余す事無く表現出来ると信じていた



渾身の出来栄えだと思われた 作品をプロフェッサーに提出した



きっと素晴らしいという評価で返ってくるに違いない


そう確信し ワクワクしながら評価を待ちわびた



手にしたペーパーに記されていたのは F の評価だった


ファンタスティックのFではない 



ABCD に次いで 最低評価のFだった




おかしい



もう一度挑戦だ



何度も何度もペーパーを再提出してみたものの


評価は大して変わる様子を見せなかった




この授業を受ける為だけに数年を費やしてきたと言っても過言ではない


それ程までに待ち侘びた授業であった筈なのに



よく考えたらライティングの基礎のキの字も学んで来なかった


なんなら高校で取得した単位はゼロだ


自信にいかに満ち溢れていようとも 肝心な知識 技術 そして 英語能力が欠けている事に 少年はまだ気が付かなかった


それ程までに自分の力を過信していたのだ




納得がいかなかった少年は


AやA⁺を取っているクラスメイトに頼み込み


彼らのペーパーを見せてもらう事にした



彼らはこの授業を受ける為に生きてきた人間ではない


単純に卒業に必要な単位取得の為にやむを得ず受けているような人間だ



授業に賭ける思いで言えば少年の方が数倍上の筈だったのに
スキルの差は彼らの方が何十倍も上だった



彼らの書いた文章を読み 少年は愕然とした




これが 文章なのか。 これが表現なのか。



烏滸がましくも 自分が文章を書いてメッセージを伝える事によって世界をひっくり返せるとまで信じていた自分が



如何に勘違い男であったかをその瞬間に思い知らされた



悔しくも その文章を読んで涙が出るほど感動してしまったのだ




彼らは当然そんなつもりで書いてはいない


とりあえず出しとけば大丈夫だろうという思いで 書いているだけなのに だ




このレベルの学校のこのレベルのクラスでこのレベルの人間とさえ


同じ土俵に立つのが憚られるような自分が



今までジャーナリストになるんだ という一心だけで


よくもそれを口にしてくる事が出来たものだと



本当に自分の存在の無意味さが 身に染みた




人生で味わった本当の意味での 最初の挫折だった





自分には 文章を書く才能が無いばかりか


英語さえも真面に書くスキルが無い



どれだけ必死に頑張ったところで
今からそのスキルを職業レベルにまで持っていくのは 至難の業どころか不可能に近いだろう



夢と現実の狭間で待ち構えていた谷の溝は 少年の想像を遥かに超えて深いものだった




そして少年は夢を失いかけ


自暴自棄な生活に陥った




学校でのモチベーションは下がり
私生活は乱れる一方だった



しかし そんな生活の中で出会った人達の中に
輝いている人たちが居た



彼らは文章こそ駆使するタイプの人種ではなかったが


DJとして音楽を操り フロアにいる人間のテンションを最高潮に高めたり
芸術家として絵を描き 一目見た人を感嘆させるような表現をしたり
アスリートとして 観客を興奮の渦に巻き込んだりして


感動というメッセージを多くの人に伝える事に成功していた



次第にそんな人達を傍目に見る事で


もしかしたら文章以外にも表現の方法があるのかもしれないと


少年は思い始めた



そして探したら自分の中にも何かしらの表現をする為の才能が モノを書くという作業以外に 埋もれているのかもしれない


もしあるのであればそれを見つけたい そう思うようになっていった



幼少の頃から一貫して 誰かの代弁者になりたいとか メッセージを伝えたいとか 何かを表現したい


そう思う気持ちには陰りが無かったが


ジャーナリストになるという選択のみが 自分の使命だと思い込み


それに伴うスキルはなぜか自分に備わっているのだとも 思い込んでいた事で


現実を目の当たりにしたときに 


もう未来が無いかのような錯覚を覚えていたのだった



大学ではある程度頑張り 高校卒業の単位を取得するよりも先に


大学卒業に必要な単位が全て取得出来てしまった



そのまま卒業することにし


結局少年の学歴は 小 中 高を飛ばして 大 


というマックのコーラのサイズのようになってしまった



さてこれからどうするか


少年が目指した先は アメリカに残って自分の表現出来るスキルを見つけるというものだった



当時通っていた大学のある町には 日本で初めて回転ずしを作った会社のチェーンがあった



その会社の社長に挨拶をした


自分は料理人に成りたくて渡米したわけではありません
ジャーナリストになる為にこの地を踏みました
しかしジャーナリストになる為の肝心な素養が無いという現実を目の当たりにして 挫折を経験しました
しかし 何かを表現したいという気持ちにずっと変わりはありません
料理は料理人のメッセージが詰まったレポートのようなものだと思っています


実際に自分も御社の寿司を口に運んだ瞬間に 懐かしい日本への思いや
口に広がる絶妙なハーモニーによって 涙が堪えられなくなった事があります


この会社で料理という手法を使い メッセージを伝える人と共に働く事で
表現を学べると思うので 
現地の人よりもお金が掛かるのは承知していますが 自分を取ってくれませんでしょうか


そこまで話した時に社長に遮られた



俺の会社を踏み台にしようとしているのか



少年は返す言葉が無かったが


社長はそのまま続けた



俺はそれでも構わない


ウチでとってもいい 

    

「」

アメリカでの就職が見えてきた












しかしそんな矢先に 911が起こった



その日からアメリカは変わった


卒業をしてしまった少年にはもう学生ビザはなく
就職も正式に果たしたわけではない状態では


外国人に対してアメリカが滞在を許せるような社会ではなくなってしまったのだ


少年は 再び日本に帰る事になった

































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































第5話 大人になってしまった少年


































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































帰国した少年は 日本で何をしたらいいのかわからなかった


漠然と自分がメッセージを伝えるスキルを磨く為に出来る事であれば


10年くらい掛かってでもその可能性のある全ての事に挑戦してみよう


そして何かを身に着けた時に再び海外に出ようと決めていた



ジャーナリストという職種を口にする事だけは どうしても敬遠してしまうようになってしまっていただけに


何か今までにタッチした事の無い 新しい分野で表現が出来る職種を考えたときに思いついたのは 営業職だった



メーカーや工場が製造したプロダクトを消費者が購買する時に 営業の口から放たれる言葉が影響する


その言葉によって 消費者がその商品に価値を感じ 購買という行動を起こすので


営業の力を身に着ける事が出来るならば 表現をする という意味合いではこの上なく有益な力になるに違いない



安易な考えではあったがそのまま最初は英語の塾を売る仕事を試しにやってみた


たった1か月で実務数日本一というタイトルを取得出来てしまった


営業の心理学 人間の欲求のメカニズム そして稼いだ奴が一番正しいという掟を叩きこまれ


次第にお客様の英語能力が本当に上達するかという本来は一番大切な目的は二の次になっていき


やり方を覚えていくだけで面白いように商品が売れていく世界に 彼 は虜になっていった


もはや少年は 少年の心を失い 大人になってしまったのだった


数々の商品を手掛けていったが 殆どの分野でトップセールスを記録することが出来た


出来なかった会社は ある広告代理店に就職している時だった


売り上げを上げる事よりも やらなくてはならない別の事があった


その広告代理店は出版社も持っていたのだが


語学学校で出来たプロバスケ選手に成ると言っていた親友が


日本初のプロリーグにドラフト1位で指名され キャプテンとしてチームを率いる事が決まったので


彼を取材する為に 出版社の方に出向いて直談判をした


出版社が扱っている多くのファッション系雑誌の中には
HIPHOP等のカルチャーを扱う雑誌があったので



バスケとHIPHOPは切っても切れない関係であるという事
日本初のプロリーグが出来るタイミングでそれを取材する事は雑誌のイメージアップにも直結する事
バスケファンまでも見込み読者に組み込める事等


出鱈目ともつかないような理由で 


兎に角2ページ見開きのフルカラーページを全て自分に使わせてくれと 頼み込んだ


広告単価にすれば120万円を下らない価値があるスペースを別会社の人間に無料で使わせろという事に加え


おまけに連盟のコミッショナーへの挨拶と カメラマンの同行 


デビュー試合初日のプレスパスの発行 選手への取材等 


自分の所属会社でも無いのにも拘らず 
本来の業務とは全く関係無い 無理難題を全て飲ませる事に成功し



何年もの時を隔て お前のデビュー戦を必ず取材する と言った


あの時の 男の約束を果たす事が出来たのだった


 


大人になってしまった少年が書いた文章が印刷された雑誌は


目的通り2ページフルカラーの見開きで全国の書店やコンビニで発売され


目的を見事に果たした彼は  



再び商品を売りまくる世界へと舞い戻っていく


ネット関連商材のスーパーバイザーとして 売り上げが20位以下だった店舗を東京で1位の売り上げに引き上げたり


主要量販店6店舗以上を同時に管轄したりするようになったが



表現力が身に着いてきたという感覚は少なかった


単純に狡猾になっただけのような気がしていた



営業だけではなく 企画等にも参加し


自分がデザインし 素材もサイズも梱包方式も全て決めた部品をソニーの本社に売り込んで


見事それが採用され世界中のBRAVIAに一時期は1台60個も使用され


その部品は後日意匠を取る事にもなった



営業職でモノを売った数字を競う生活が続く中で


10年程度は全ての可能性に挑戦すると決めた気持ちは忘れていなかった彼は


全く別の分野にも挑戦する 


役者業だった


全く演技をしないトップセールスマンは存在しないと思っていた彼は


演技という表現力を身に着ける事が出来るかもしれない


そしてあわよくば 知名度というメッセージを多くの人に伝える上で大きなレバレッジとなる力も手に入れるチャンスが見つかるかもしれないという理由で


2つのオーディションを受けてみると


両方の芸能事務所から声が掛かったが やはりここもフリーランスでやってみようと


芸能の世界へ足を踏み入れた



最も 芸能とは言っても名ばかりで エキストラに過ぎない役が殆どだったが


合計で50本近くの映画 TVドラマ CM Vシネ ネット番組等に出演を果たした


結果芸能界では花が咲くことは無かったが 表現をするという楽しさをもう一度思い出し


数字で1番を取るよりも 画面で彼を見た人が喜んでくれることが 嬉しくて堪らなかった


ロンブーの敦との単独共演を果たした際に ラインのIDを言っただけで 
一晩で400人のメンバーが増えたので


自分をブランディングする事が 如何に大きな影響力を持つかも思い知ったのだが



そんな時に彼は うつ病を発症してしまう



















































































































































































































































































































































































































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