僕は、8万円を握りしめて東京にいた。
人生を変えるのは、いつも人と場所の組み合わせだった。
同じ場所に居て感じたことはあまりないが、いつもと違う場所にいると観たことのない世界観に出逢うことがある。
その出逢いは突然やってきて、まるで鈍行電車から見たこともない行き先の快速電車に乗り換えるようだ。
平日の夜だというのに六本木は黒人がシーシャシーシャと水タバコの勧誘をかけてきたり
肩にぶつかったら大怪我をしそうな厳ついおじさん、バリバリのサラリーマンと異様な雰囲気だ。
フリーランスというアロハシャツを着た自由人に出逢って人生の視野と世界観が広がり、
鬱病といういつ終わるか分からない閉じ込めらた世界から抜け出した僕は、月給8万円の会員制のBarでバイトをしていた。
ー 人との出逢いを生み出す場所はどうやって作れるのだろう。
「ちょりーす!」
入ったばかりのアルバイト先にバーテンダーのサクさんというロン毛のお兄さんがいた。
ちょりーっすというのが口癖だ。僕は昔から不安な時はその人にあった挨拶をしている。
開店作業中の磨かれた漆黒のBarカウンターだった。
わたし「サク先輩ちょりーす!先輩がバーテンダーになった理由って何かあるんですか?」
サク先輩「じゅんじゅんちょりーっす!バックパッカーって知ってる?」
わたし「聞いたことないです。」
サク先輩「バックパックひとつを背負って、旅に出るんだ。タイで出逢った外国人に勧められてバーテンダーの店番を任された時にワクワクしたんだ。あの気持ちが忘れられなくてね。」
わたし「海外なんて考えたこともなかったです。面白いひとっていました?」
サク先輩「いるいる!文化が違うのかおれの洗濯ものとか、気付いたら他の欧米人が着てるんだよね。参っちゃったよ。ははは。」
わたし「い、いってみたいです!」
サク先輩「30万円あれば3ヶ月あるから行こうよ!」
わたし「はい。考えておきます^^(さ、さんじゅうまん)」
海外で3ヶ月も旅をしてしまう生活??
現実とは一体人生の中にいくつ用意されているんだろうか。
もしも選択を一つ変えてしまったら、どこにでも行けるんだろう。
ただ文化が違う世界があるというだけでパラレルワールドのような気がした。
行ってみたい。
わたし「でも、このままの給料じゃどう考えても1年後だ。。」
六本木のBARの一室で即決できない自分がいた。
僕はいつもこうだ。
やりたいと思っても"やりたいという気持ちで満足出来てしまう。
そのくせ挑戦もしていないのに気持ちが高ぶる分、
それ以上に自信を失うことも多かった。
自分の気持ちに嘘をついて上手く生きて来た。
一歩は踏み出すためにある。
ドク...ドク..ドク.ドク
変わりたい。。でも変わり方が分からない。。分からない。
深い大江戸線の駅のホームから新宿駅に上がっていくエスカレーターで、感情の歯車が満員電車のように心臓を押して耐えきれなくなっているのが分かった。
ぐちゃぐちゃの頭の中では分からないけれど
顔の頬は水浸しになって目の前が霞んで見えない。
世界を生み出したいと言いながら、世界に出逢えていなのは自分だということを心の中で知っていて、溢れ出た涙が止まらなかった。
未来はいつだってアナタの中にいた。
夢を叶えるひとには癖がついているなんて言うけれど、
僕は、折り目の一つもない折り紙のように形を変えずに美しさを保っているような薄っぺらい人間だ。
そのクセ諦めは悪かったのかもしれない。
左手には少し熱を帯びて温かくなったスマートフォンがある。
ぐちゃぐちゃになる折り紙が怖くて何者にもなれなかった僕は一歩をふみ出せずにいた。
わたし「変わりたい。。」
才能なんて無いから何からしたら分からないと言って、
目の前に差し出された"鍵"を受け取らないのは自分だった。
夢を遠ざけているのはいつも自分だった。
でも臆病な僕は、このまま何もしなくて終わるのはもっと怖かった。
ドクンドクンと胸が鳴っているが分かる。
僕は右手の人差し指でGoogleを開いていた。
歯車は同じ方向で回り続けていた。
平日の昼だというのに六本木は黒人がビール瓶を持って黒人を追いかけまわしパトカーが来ている。
肩にぶつかったら大怪我をしそうなおじさん、バリバリのサラリーマンと異様な雰囲気だ。
わたしが再び降りたった駅は、何も出来ない自分が悔しくて抜け出した同じ六本木だった。
クーラーが暖房に切り替わる都会の優しさに安心したのは束の間で、
これが後に、わたしの人生を変える土地になろうとはその時は思ってもいなかった。
東京の中心地六本木でスーツを着て働くなんてのはまんざらではない。
ただ、スーツを着る大企業の仕事といえど、わたしの仕事は日本中のどこにでもあるような携帯電話の営業だった。
どんな人に出逢えるかワクワクした気持ちで家を出た。
不安ばっかりの毎日なのに不思議と前に進める気がしたんだ。
会社員として夢を追いかける
わたし「はじめまして!神谷です。」
大木さん「おす!今日からよろしくな。」
上司は何故かガッツリとタトゥーが入っていて名前を大木さんと言った。
背が低く肩が広い。何のこだわりか襟足が肩まで伸びていた。大木さんは元歌舞伎町のキャッチをしていて夜の世界に恐ろしく詳しかった。ヤクザなんじゃないかと思った。
六本木の黒人と仲が良くていっつも店先で話してる光景は夜のひとそのものだ。
そんな彼は、今いる会社の前の携帯会社で営業成績は常に一位だったそうだ。
ところで携帯ショップといえばどういったイメージがあるだろう??
営業マンな私「いらっしゃいませー」
「携帯、機種変更したいんすけど」
営業マンな私「かしこまりました!機種変更ですね。」
大木さん「バカやろう!機種変更なんかしてんじゃねえ。」
ここは本当にヤクザの世界なんじゃないかと思ったけど、きっとこの業界に関わらず営業の仕事をしている人は分かるだろう。営業マンは新規契約をしてこそ価値がある。
だからと言って、売れと言われても売れない。だって世の中には僕たちの人口以上、一億台以上の携帯が契約されていて、どう考えても飽和状態だ。
ー 過去に歩んできた道のり
話は大学時代に遡る。
わたし「そういえば、ゴンちゃんとゴンちゃんママがあんなことを言っていたな。」
あのときはよく分からなかったけど今だと分かるかもしれない。
あの頃は分からなかったけど、僕はゴンちゃんとゴンちゃんママが大好きだ。
断捨離が行きすぎて家までなくなった話のゴンちゃんは、私より少しお姉さん。
黒髮でキラキラした大きな透き通った目に、艶のある綺麗な髪をしていた。
ゴンちゃん「わたしは大切な人を助けながら生きていきたいの。」
ゴンちゃんママ「わたしにとって大切なのは、私の周りが幸せであることなの。そうすると私も幸せでしょ。人の為になることは何でも仕事になるのよ。」
わたしはゴンちゃんを信じてずっと歩いて来た。
秋になったばかりの東京は夜になると風が冷たい。
私は仕事の帰り道に、大学時代の友人ゴンちゃんに電話していた。
ーそう言えば、どこからあんなにも自由に使えるお金があったんだろう。
わたし「ひとの為に働くってなんだろう?」
ゴンちゃん「仕事っていうのはお困りごとを解決することなの。」
わたし「うんうん。」
ゴンちゃん「だからね。本来お客さまっていう考えは変。して貰ってる。してあげているも変だよ。」
わたし「値引きをしてあげるのが仕事とは限らないってこと?」
ゴンちゃん「もしかして、お互いの価値を下げることをしてない?」
わたし「そういうことか。。」
ゴンちゃん「エヘ」
この際、人助けを仕事にできないか。
心の中にある今まで重なり合ったことのない歯車が
カチッと角度が変わり動き始めた気がした。
グシャグシャになってもいい。また折り直せばいいんだ。
僕は折り紙に今まで怖くて恐れていた癖をつけることにした。
ミッション
自分のお金のためではなくてお客さんのために売ること。
わたし「ひとの為になることが何か、真剣に向き合うのははじめてかもしれない。」
例えば、携帯電話の会社を乗り換えるだけで平均で年間8万円も使用料が安くなる。
安くなった金額で何が出来るか、お客さんの話を聞きながら引き出すことにしてみた。
相手の話を聞いて旅行が好きなひとならば、
旅行のパンフレットを見せてみたり、
彼女がいるひとならばプレゼントの話をしてみる。
シンプルなことをただ信じて続けた。
そしたら嬉しい報告を貰うようになった。
お客さん「3年以内に叶えようと思ってたけど、カナダに行く夢が叶っちゃった。。」
お客さん「シンガポールのマーライオン。ほら一緒に写真撮ったの!報告しなきゃっと思って!」
もしかしたら、
我慢していたのは"人"じゃなくて"夢"の方なのかもしれない。
白戸さん「電話番号が変わってしまいますが、お安く出来ます。」
こんな提案を受けたことはないだろうか。
これは、携帯業界的には解約新規というものにあたりNGだ。
じゃあ何がまともかというと、機種変更とは別に新たに買っていただくこと。
でも、これも決して難しいことでは無かった。
あまりにも成績が良すぎて不正をしているんじゃないかと本部に疑われるが多くなった。
監査と言われるひとがお店に出入りするようになった。
しかし、横に立ってもらって接客をすると監査のひとに全身鳥肌が立つ。
僕はただ自分と会社の為に稼いでるんじゃなくて、人助けをしていることが仕事になっている。
それが嬉しくてずっと奥にしまっていた心が弾んでいた。
この頃にはすっかり、海外に出てバックパッカーをするという目標は何処かに旅に出てしまっていた。
その代わりか、一ヶ月で一年分の売り上げを弾き出し、前例のないレベルで数千いる上場企業の営業マンのNo.1になっていた。
ゴンちゃんママ「わたしにとって大切なのは、私の周りが幸せであることなの。そうすると私も幸せでしょ。」
わたし「形に出来て少しわかった気がします。」
ゴンちゃんママ「人の為になることは何でも仕事になるのよ。」
ひとの為になることで一番を取り、ゴンちゃんママの言っていたことを証明出来た瞬間だった。