※ この話は、こちらの続きになります。(1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9)
もしこれが1戸建ての2階であれば、階段昇降機を付けるという選択肢もある。
しかし木造ならまだしも、鉄筋コンクリートに穴を空けるだけで何百万とかかりそうだ。
更に、マンションの共用部分になるので現実的ではない。
管理組合に掛け合ったが取り付けられなかった事例も見つかった。
そもそも、介護保険の中に「住宅改修」はあるものの、階段昇降機は介護保険が適用されない。全額自己負担になる。。
万事休すと思われたが、一箇所
「そちらの住所なら、行きますよ」
と快諾してくれたデイサービス事業所が一箇所あった。
行きは最初にお迎えに来て、帰りは最後にすれば、見守りのスタッフが昇降介助できるからということだった。
本当にありがたかった。
そこの相談員の方は、わざわざ電車で二駅のところにあるS病院まで、父の様子を見に来てくれるなど、親切に対応してくれた。
しかし、その事業所は残念ながらショートステイはやっていなかった。
母のレスパイト(休息)の為にも、送迎に来てもらえるショートステイ先も、探さなければいけない。
また、リハビリについても、お金のかかる訪問ではなく、できれば通所で行けるところを探したかった。
さらに、在宅で診てもらえるお医者さんも探す必要があった。
できれば、何かあったときに、すぐに救急車を呼ぶのではなく、在宅で看取りをやってくれる医者がよかった。
今でこそ、少しずつ機能が回復してきたが、倒れた直後のことを考えると、あの状態で生きてもらうことがベストなのか、という想いがあったからだ。
しかし、探してみると、そういうスタンスでやっている診療所は、かなり少ないことに気付く。
私が「月2回、定期的に診療を受けていれば警察沙汰にはならない」という知識の出処である、在宅医療に関する本。
その本を出版した先生は、隣の市で在宅クリニックを開業していた。
Google Mapによると、我が家から約6km。しかし、問い合わせてみたが、あっさり断られてしまった。
「うちは○○市ですけど、ぎりぎり外れの場所にあるので、ほぼそちらの市みたいなものです。何とか来てもらえないでしょうか」
と、食い下がってみたのだが、
「同じ市内でも、そのあたりの方はお断りしておりますので」
と、けんもほろろだった。
本を母に読んでもらって、このクリニックに診てもらえるんだよ! と言えれば、母の在宅介護を説得する材料になると考えたのだが、目論見が外れてしまった。
引き続き、並行して市内の老人保健施設もあたってみたが、そもそも男性の多床室が少ない事に加え、市内の施設は皆、気管切開しているから受け入れが難しい、という回答だった。夜間に看護師がいない、というのが理由だった。
また、胃ろうの時点でNGというところも1件あった。食事介助に人員を割けないので、介助が必要な人は受け入れられないということだった。
そこで主治医の先生に時間を取ってもらい、市内の老人保健施設への入所は胃ろう、気管切開したままだと入れないので、入院中になんとかならないかと聞いてみた。
父の胃ろうは、入院して最初の頃は併用していたが、すぐにとろみをつけ、細かく刻んだ食事を三食取れるようになっていた。食欲はあるらしく、一食分をいつもぺろりとたいらげているらしい。
気管切開については、入院中に塞ぐことが可能とのことだった。
しかし、胃ろうについては、外せなくもないが、
「口からも食べられるんですから、このまま置いておいてもいいんじゃないですか」
という見解だった。それでも外したいということを伝えると、
「わかりました。検討します」
と回答をもらった。外せるかもしれない、と期待に胸が躍った。
いいショートステイ先や老人保健施設を見つけられないまま、3月を迎えた。近所の杏の木が花を咲かせるなど、春らしくなってきた。
気管切開した部分のチューブを、声を出せるものに切り替えた。
声を出せるといっても、空気みたいなもので、ボリュームも小さく、ほとんど聞き取ることはできなかった。口の動きでフォローするしかない。
自分の名前、妻の名前、子どもの名前が言えるようになった。
最近は、まばたきでなく、首を振ることができるようになったので、「ああ、今、うんって言ったんだな」と推測が出来た。
正直、どこも大差ないだろう……と、費用面で選択したS病院だが、期待以上に良い病院だった。
言語聴覚士がついて、積極的に嚥下訓練をしてくれている。
理学療法士も作業療法士もついてくれて、リハビリも毎日やってくれている。
帰り際には、「帰るんか」「またか」という言葉が出るようになった。
そして、バイバイと、左腕を振れるようになった。
倒れて、運ばれて、まばたきひとつできなかった頃に比べると、本当にすごいことだ。
このまま、S病院で面倒を診てもらうのがベストなのでは? という考えも脳裏をよぎる。
しかし、S病院も、長くて半年程度しかいられない。
夫は、「プロにやってもらえるメリットはあるが、病院でできるリハビリには限界がある。自宅で日常生活を送るのが、最大のリハビリだ」と断言する。
それに、ここまで受け答えが出来る父を、やはりいつまでも病院においてはおけない……。
母と、それから妹二人と今後の話し合いの場を持つことにした。
つづく
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