頑なに信じ守った’三歳児神話’が娘の一言で一気に崩れた話
こないだNHKのすくすく子育てを見ていて、一人で朝から晩まで子供の遊び相手やごはんやお昼寝や、何から何まで一生懸命育児をがんばって疲れ果てているお母さんや、子供を三歳までは保育園や幼稚園に預けるのには罪悪感を感じるので誰にもどこにも預けず子育てをしているお母さんたちを見て、7年前の自分と重なり、すごく共感したと同時に、そういうおなじような気持ちで一人で一生懸命毎日子供のためだと信じ
育児をがんばっているお母さんたちに私が体験した話を伝えたいと思って書いてみようと思いました。
個人個人の考えや意見もあると思いますので、あくまでも私の経験と個人的な見解であることをはじめにご了承ください。
五日を超える難産のあとからノンストップで始まった育児
産婦人科で最長記録を作ったといわれてしまった5日間に及ぶ超難産。
とりあえず、子供は無事おなかから下界にでることができ、私もやっとゆっくり寝て体を休められると思っていたのが大間違い。
私の選んだ産婦人科は出産直後から母子同室で、授乳も即開始。
でも、さすがに5日間も陣痛が続き、まともに睡眠もとれていなかったのでちょっと休みたいし、寝たかったのですが、看護婦さんにあずかってほしい、と申し出ようものなら、
「お母さん、初日からどんどん母乳飲ませたほうが出が良くなるから辛くても一緒に寝たほうがいいですよ」
と、説得され、結局出産の翌日の晩から母子同室が始まり、夜中の頻繁な授乳とおむつ替えでノンストップの育児が始まりました出産から休む間もなくノンストップの育児が始まりました。
きっと、つるっと安産で体も気持ちも楽だったらかわいい赤ちゃんと初日から一緒にいたいというのが母性なんだと思うんです。
ですが、私は、残念ながらそんな気持ちは抱けませんでした。
そんな後ろめたさもあり、看護師さんにも母性がないひどい女母親と思われるのが嫌で預けにくかったのもありました。
三歳児神話を守らなきゃという義務感ですごした日々
難産ともともとの生真面目な性格から、今振り返ると完全な育児ノイローゼになっていたと思うのですが、その当時は全くそんなことわからず、感じず、産後なかなか自分の体が回復しないながらもとにかく毎日毎日全く初めてで未知の世界の出来事に翻弄され、子育て相談に電話してみたり育児本を読みあさったりしながらがむしゃらに目の前の赤ちゃんを死なせてはいけないので、授乳、おむつ替え、遊び、着替え、お昼寝、散歩などなど必死でした。
娘が魔の二歳になるころから、私の育児ノイローゼもピークを迎えていたようで、口のたつ生意気な娘の言動にとにかくいらいらし、たびたび手を挙げるようになってしまっていました。
子供を寝かしつけて子供の寝顔を見ながら、昼間の私が子供にしてしま他ことを猛省し、絶対しない、やさしく大切にして育てようと心に誓うのに、朝になりまた手におえない子供の言動にすぐかっとなり同じことを繰り返してしまう、完全に負のスパイラルに陥り、
このままじゃ私もいけないけど、なにより娘がまともに育たない、三つ子の魂100まで、
といわれる中で、このこの三歳までの毎日は最悪な環境じゃないか、
子供を保育園に預けて働きに出ようか、
でも、そんなことしたら親や親戚中から非難されるのは分かっているし、
周囲に散々反対されたのに、低所得で年下の頼りない男性とできちゃった婚をして、親に心配かけているのに、ここで子供を預けて働きだしたりしたら、なおさら
親も親戚も
やっぱり生活が大変なんだ
って心配するだろう。
「三歳児神話三歳児神話」
このまま三歳までは経済的なゆとりがなくてもごはんさえ食べれたらいいと割り切って家で子供を見よう
毎日こんな風に悩んでは自分結局三歳児神話に結論をだし、イライラしながらも子育てをしていました。
子供からたたき返された日
子供が三歳になるころだったと思います。
いつものようにたぶん、子供らしい当然の言動だったはずなのに、カッとなって手を出してしまった私を、子供が精いっぱいの力でたたき返してきたのです。
泣きながら、思いっきり。
すごくすごく痛かったんです。
そして、そのときハッと気づきました。
この子は、こんな痛みをたびたび感じていたんだ、そして今私が感じている痛みの何倍も何倍も痛かったんだ、と。
それから、私は手を挙げなくなりました。
そして、子供を保育園へ入れ、働き始めることにしました。
窓にへばりついてお迎えを待っていた
朝、先生に預けようとすると私に必死にしがみついて泣いて離れようとしなくて、無理やり引き離し、私も泣きそうになるのをぐっとこらえ保育園を走るように去っていました。
出勤の車ではずっと子供のことを考えていたし、
あんな小さい子を泣いているのに預けてかわいそうなことをしている、
私は悪い親だ、
と自責の念にかられていました。
迎え
に行くと窓にべったり張り付いて私が来るのを待っている姿が見えました。
そして、私の姿が見えると安心したのか笑い泣きしていました。
ですが、そんな、罪悪感たっぷりの
。