アスペルガーという特性を知らずに育ち、大人になっても生きづらさを抱えたままの
8月うさぎ(私)は普通になりたくてもがいていました。あることをキッカケに自身の特性
(アスペルガー)に気づき、試行錯誤を繰り返す中で自分らしさを認め、
社会に適応していくすべを覚えることができました。
アスペルガーをよく知らない人にもわかりやすくなるように書いてみました。
1空気が読めない
2こだわり・習慣・特性
3自分の特性を知る
4受診のメリット
5特性を生かす仕事選び
6栄養と休養
7食事で注意すること
8ソーシャルスキルを磨く お互いに気分の良くなる会話の仕方 お礼の仕方 謝り方
9友達、パートナーとの付き合い方 気楽に付き合う 割り切ることを覚える(人は人、自分は自分)
10 8月うさぎの現在
1.空気が読めない
「私は笑っちゃいけないんだわ」コーヒーを飲みながら
8月うさぎは考えた。
短いお昼ごはんの時間、一人になりたくて会社の2Fにある
カフェまで降りてきたのだ。
ここはほんとにほっとする。
8月うさぎは自分の短いしっぽをカフェのソファの背にぴったり
くっつけて座り込む。
ソファの色は赤みがかかった茶色でつやつやの皮だ。
座るとすっぽりと包み込まれたようでとても安心することができた。
いつも店内はすいていて勉強をしているらしい人、打ち合わせに来た人
などが数人いるだけだったから8月うさぎは困ったことがあると
ここに逃げ込んでくることにしていたのだ。
涙が出てきそうだったけどコーヒーにたっぷり乗せられた
真っ白なクリームをみつめてやりすごす。
「大丈夫。ここには会社の人たちはいないんだから...」
8月うさぎは自分にそう言い聞かせると手にしたクローバーの
サンドイッチをほおばりはじめた。
ことの発端はこうだ。
今朝、8月うさぎはとても気分がよくなかった。
このごろ疲れがひどいのだ。
今日も心臓がどきどきして会社には行かないほうがいいよ。と
サインを出していたのだけれど(少し休まないとだめだよ。と)
8月うさぎは迷った末、そのサインを無視して会社に出かけてきたのだった。
何故って?
それは8月うさぎのだんな様がにっこり笑って
だんな様「がんばってるね!えらいえらい!」
と頭をなでてくれたからだ。
この仕事に就いてから6ヶ月が経つ。これは8月うさぎにとって
実に喜ばしいことだった。
ひとつの所にこれだけ長い間勤め続けていられるのは稀なことだからだ。
今朝、会社に着いていつものように仕事をはじめようとすると、
部長のバブルガムから昨日の仕事のフィードバックがあり
8月うさぎは慌ててしまった。
細かい指示が次々と出された。メモをとる暇もない。と、いうか
話を聞くだけで精一杯なので余裕が持てなかったのだ。
いつもと手順が違ってくるからだ。
これは困る。すごく困る。
焦るとろくなことがない。
その後すぐに、8月うさぎは手をつけていた仕事の順番を間違えてしまった。
「メモをとったら?」と同僚にも言われて不安と緊張が高まり、
ますます頭が混乱してしまう。
手順を書いたメモもあるのに。。焦ってしまうと見えないのだ。
「きっとみんな私のこと困った人だと思ってるに違いない。。」
ふとよぎる考えにはまり、肝心の仕事に集中できない。
同期で入社したあんずは既に一人で仕事を任されている。
仕事の覚えが悪い8月うさぎは、控えめに見ても他の同僚たちより
仕事の出来や覚えが劣っていると感じていた。
隣のテーブルで先輩があんずをやんわりとたしなめている。
「ここ、違ってたわよ〜」
「あ、やっぱり!そうだと思ったんですけどぉ〜。
ごめんなさ〜い。。」
「まったくしょうがない人ねぇ。。」2人の笑いながらのやりとりを見ていて
8月うさぎは閃いたのだった。
「楽しそうでいいなぁ。そっか、にっこりしながら
話せばいいんだな。」
チャンスはすぐにやってきた。
「ちょっと、大変!!」と声がしてフロアの皆が先輩に注目したときだった。
呼ばれた8月うさぎはすぐに先輩のところへ飛んでいき、事情を聞いた。
間違いを指摘されてびっくりしたけれど、(今だ。にっこりして素直に
あやまろう)と思い、8月うさぎはあんずのようににっこり笑いながら
「すみませ〜ん」と頭を下げてみた。
ところが、なのである。
先輩はまわりがびっくりするくらいの大声で「笑ってる場合じゃないと
思うんですけど!!!」と言ったのだ。
すごくおっかない顔をしている。
8月うさぎは動転して「す、すみません。。。」しどろもどろになりながら
小さな声で応えるしかなかった。
「すぐにやり直します。」こんどは真面目な顔(ひきつった顔だったかも)で
先輩に言ったのだが、彼女の怒りはおさまらなかった。
「8月うさぎにまかせてなんかいられないでしょ。みんなそう思わない?」
その言葉に8月うさぎは本当に驚いたけど、必死になって「やりますから!」と頭を下げた。
心の中は真っ暗だ。
顔色も青かったに違いない。
様子を見ていた部長が仲に割って入り、8月うさぎはなんとか仕事を
やり遂げることができたのだが、すっかり自信をなくしてしまった。
「私は笑っちゃいけないのね。。やっぱりあんずとはキャラが
違うもんね。よく考えればわかることなのに。。
ああ。。また信用を失ってしまった。。。」
このところそんな毎日が続いていたのだ。
「なんとかならないものかなぁ。。」カフェの外の並木道を眺めながら
8月うさぎは深いため息をついた。
☆まわりの雰囲気から想像することが苦手
アスペルガー+ADHDの場合、その場の雰囲気を正確に読み取ることが
うまくできないことが多いように思う。
それがまわりから誤解される原因のひとつになっている。
情報のひろい方に特徴があるのだとも言えよう。
この場合、8月うさぎが注目していたのは先輩とあんずのようなやりとりのできる
人間関係であって、仕事の重要度ではなかったため、誤解が生じてしまったのだ。
☆対処法
人間関係においてアスペルガーは表面に出てきている
事象のみに注目することが多いため
そこで得た情報を鵜呑みにしてしまう。
全体を俯瞰して見るということが苦手なのだ。
アスペルガーは組織の中で力を発揮するためには
人の何倍もの努力が必要になる。
だから組織が大きくても、最初から最後まで1人で行える、
個人で完結する仕事を選ぶと良いかもしれない。
2.こだわり・習慣・特性
8月うさぎは会社を休みがちになった。
朝起きて会社へ行こうと思うのだけれど、体が言うことを聞いてくれないのだ。
もっと言えば前の日の夜から緊張がひどくなり、朝にはくたくたに疲れているので
とても会社に行こうという気力が湧いてこないというのが現実だった。
全身が固まり、歯を食いしばって寝ているのか顎もくたびれてるし首も痛い。
歯茎は腫れて物を噛むのもつらい。
背中はまるで一枚岩のように固くずっしりと重かった。
「このままじゃいけない。。私は病気になってしまう」
落ち着かない不安な気持ちのまま、8月うさぎは会社に電話する。
「すみません。やっぱり今日も具合が悪くて。。休ませてください。」
「そうなんじゃないかと思ったわ。あんまり気にしないで。ゆっくり休んでね。
来週出てこられるかメールをちょうだいね。」
バブルガムはそういって8月うさぎを心配してくれる。
しかし、それとていつまでも続かないことはわかってる。
会社はボランティアじゃないからだ。
8月うさぎは焦った。
それでもなんとか気持ちを落ち着けて状況分析を試みてみる。
・なぜいつも仕事で行き詰まるのか?
・逆に上手くいっていたことは何か?
・いままでの会社(仕事)ではどうだったのか?(何が理由でやめたのか?)
・子供の頃の人付き合いはどうだったのか?
・今の家族の問題は何か?(だんな様は?子供は?)
・本当に自分が困っていることは何か?
8月うさぎはこれらをノートに書き出してみることにした。
まず、
・なぜいつも仕事で行き詰まるのか?
(過去を振り返ってそれぞれの職場のことを思い浮かべると、そこには
そのときにはわからなかった事実が浮かび上がってきた。)
ケアレスミスがとても多いのだ。それがさらなる緊張を生み出す。
間違えてはいけないと思って慎重になると他の部分がおろそかになってしまう。
全体を通して見るということが、どうやら上手くできないらしい。
8月うさぎは会社の中で親しくなれる人が一人もできなかった。どの場所でも。。
小さなミスがたくさんあることで、最初は親切に教えてくれていた先輩からも
やがて不審を抱かれるようになってしまう。
8月うさぎは注意を受けたりするときに相手の眼を見てしまうと
話が聞こえなくなってしまうのだ。
うっかり眼を見て聞いていると肝心のことを聞きそびれてしまう。
なので眼を見ずに下を向いて聞いている。
後から考えたら、さぞかし態度が悪いと映っていたことだろうと思う。
[顔をあげなさい」「聞いてるの?」と注意されることもある。
でも、そのときは話を聞かなきゃと思って必死だからそんなことは考えてもいないのだ。
あと、やり方を途中で変更されたりして順番が変わったりすると間違えてしまいやすい。
パニックになってしまう。物事に臨機応変に対処するのは苦手だ。
作業をしているときに話しかけられるのが一番困る。
会話の後に元の作業に戻るのがとても大変になってしまうからだ。
訪ねられたことに対する返事の仕方を間違えてしまうことも原因かもしれない。
言葉の意味を取り違えてしまうことで、会話が成り立ちにくくなっている。
先輩「この書類はその辺に一緒にしといて」
8月うさぎ「その辺てどこですか?」
先輩「え?適当でいいからさ。よろしく」
(その辺ってどの辺なんだろう?一緒にってどれと一緒になんだろう?)
会話がちぐはぐになってしまうことで、『?』という顔をされてしまうことも多い。
「⭐︎アスペルガーの場合、曖昧な指示は混乱を招きます。簡単なことでも本人は依頼主とは違う視点で物を見ていることも多くはっきりしないことは間違えたり、張り切って余計なことまでしてしまうこともあります。その点指示する側も配慮が必要になります。慣れてしまえばミスすることもなくむしろ優秀な仕事ぶりで信頼を勝ち取ることもできるのですが。」
ランチでの会話も辛い。
そもそも3人以上でランチをするのは緊張するから楽しくないのだ。
皆の話していることも8月うさぎにはどうでもいいことばかりで話題についていけない。
(芸能人、テレビのバラエティ番組、人の噂話。。。等々)
それでも皆に合わせなくてはと8月うさぎはうすく笑顔をつくってその場にいる。
後から思えばそれもいけないらしい。
先輩たちはそんな8月うさぎを不思議そうな眼で見るからだ。
笑顔を無理に作る必要はなかったのだと気づき、笑っているのをやめると
同期の子に「なんかあったの?怖い顔してるよ」と言われた。
8月うさぎは自分の表情に対して不安に感じるようになった。
ここまで思い返して窓の外を見ると大粒の雨が降り始めていた。
湿った熱い空気は冷えることなく熱い雨つぶとなって降り注ぎ、
蒸し暑さを増す。
8月うさぎはため息をひとつつくと、窓を閉めてエアコンのスイッチをonにした。
しばらくすれば涼しい風が湿度の高い部屋を快適にしてくれる。
彼女はキッチンへ行き、冷蔵庫を開けると麦茶の入ったボトルをとりだし
グラスに注いだ。
外の雨が激しくなって窓ガラスに叩き付ける音で部屋の中まで雨降りのような錯覚に陥る。
薄い麦茶は冷えた雨つぶのような味がした。
習慣はリズム リズムが狂うとパニックになることも。
アスペルガーの場合、変化を好まないことも多くある。
朝起きてからすることを順番どおりにやらないと調子がくるってしまうことなどもよくある。
同じように会社においてはできれば同じことを繰り返す仕事が向いているように思う。
一定のリズムをもって繰り返される仕事だと精神的にも肉体的にも安定して仕事に取り組む
ことができると思う。物を置く位置や順番は大切だ。職場でも家でも持ち物の場所などは
すべてわかっているようにしておくといいだろう。
アスペルガーにADHDが加わると片付けるという行為は少し大変かもしれない。
ADHDは片付けが苦手だからだ。
コミュニケーションスキルを磨く
診断
T大病院を出ると湯島天神の前を通りすぎて、旧岩崎庭園まで歩いた。
ときどき8月うさぎはここへ一人で来ることがある。
目当ては緑の匂いと、古い洋館のたたずまいの美しさ。
薄暗い部屋の中は落ち着くし、アールヌーボーのシックなインテリアは
気持ちがよかった。バカラの華奢なグラスなんかも飾られていて
それを見るとほっとした。
ひととおり見て歩く。ツアーの人たちをよけながらさっさと進んだ。
8月うさぎが好きなのは、部屋そのものよりも屋根裏?へ通じるとおぼしき
小さな階段のあるスペースだ。ここに腰掛けて本を読んだら素敵。。と思う。
あとはトイレとか、廊下とか。。。古いパネルヒーターとかも好きだ。
出口近くにあるお茶屋で和菓子とお抹茶で寛いだ。
さっき病院の先生が言っていたことをゆっくりと反芻する。
「あなたをアスペルガーだとは断定できません。
ご承知のように生育歴がわからないと確定診断はできないんです。
まあアスペルガーの傾向は強いと言えるでしょう。
でもいままで大変な思いをして身につけてきたことは無駄じゃないと思います。
ゆっくりと自分のペースで生活していくことが望ましいですね。
職場は選んだ方がいいでしょう。」
紅葉を模した和菓子が口の中に甘く溶けていくのを感じながら8月うさぎは思った。
「ああ、これでやっと自由になれる。」何度もこだまのように繰り返す。
会社をくびになってから、もう3ヶ月が過ぎようとしていた。
人間関係と仕事の煩雑さに疲れてノイローゼになり、上司に相談したらくびになった。
相談なんてするんじゃなかったと思ったけれど、今はそれで良かったのだと思っている。
少しだけ自信が蘇ってくるような気がしてついでに上野駅まで歩いた。
これからは楽しく生きることに焦点を絞ればいいのだ。そう思った。
友達
仲間とか友達とか
友達が欲しい。。8月うさぎはいつも思う。
だけどどうやって友達を作ればいいのかがわからない。
大体‘友達’というのはどこからを指すのだろう?
知り合いと友達は違う。
ごはんを食べたら友達?それも違うような気がする。
ごはんを食べたからと言って親しくなったとは言えないから。
家を行ったりきたりできるくらいなら友達と呼べそうかな。。これも自信がない。
めんどくさいなぁ。。。。ため息が出てくる。
8月うさぎは足をばたつかせた。
そわそわしてくると無意識のうちに体のあちこちが勝手に動く。
足をばたばたさせたり、手をゆらゆらさせたりする。それ自体に特に意味はない。
でも、そこだけを端から見たら「変なやつ」なんだろうな。ぼんやり思う。
だんな様は友達に近いような気がするけど、友達じゃないよね...と思う。
8月うさぎの考える友達に一番近いのは妹の1月だ。
1月にならなんでも話ができる。話題が豊富で話も面白い。
一緒にごはんを食べたり、映画を見たりするのも楽しい。
お互いの心配事や悩みも誤解されることなく話ができるので煩わしさがない。
8月うさぎは1月がいれば友達なんていらない、必要ないとも思っていた。
それでも、本を読んだりTVを観たりすると、うらやましいような友達や仲間が出てくることがある。
どうやったらあんなふうに仲良くなれるのかな?
そういえば...と、8月うさぎは思い出す。
あれは高校生の頃_。
8月うさぎは土曜日や日曜日は決まって一日中家で妹の1月と一緒に絵を描いたり、本を読んだり
美味しいパンケーキの焼き方を練習して過ごした。一番好きだったのは家で飼っていたジュウシマツを
観察すること。鳴き声やしぐさ、個体別のくせを見つけるのは楽しく、いつまで見ていてもあきなかった。
出かけるときはいつも一人か、1月と一緒だった。
出かける先も決まっていて、町にあるペットショップを覗くとか、商店街を眺めること、あるいは本屋さんに行くかのどれかと決まっている。
8月うさぎが抱いていた疑問はこうだ。
「他の皆は土曜日や日曜日、長〜い夏休みなんかには何をしているのかな?」
この間、ふとそのことをだんな様に話をしてみたのだけれど、だんな様の答えに心底びっくりしたのだ。
「そりゃ、バイトとか〜、友達と遊びに行ったりしてるに決まってるじゃない。」と笑うだんな様に、
「そ、そうかぁ。そうだよねぇ。」と、答えつつ8月うさぎはちょっとだけうろたえた。
休みの日に友達?と約束して遊ぶという考えがなかった自分に..だ。
本に書いてあったり、テレビのドラマなんかに出てくるようなことが本当にあって、皆友達と約束したり
して遊んでいたんだわ....。考えればわかるじゃないの...ちょっとだけ自分に落胆した8月うさぎだけれど
なんとなく自分に友達ができなかった理由がわかったような気もする。
たぶん8月うさぎは人にあんまり興味がなかったのだ。
がっくりきて、涙が出そうになったけど、その考えは妙に腑に落ちて、かえって笑いがこみ上げてくる。
そうか、そうだったのか...。
その晩、8月うさぎはふとんに入っても笑いがこみ上げてきて、なかなか寝付かれなかった。
友達_。仲間_。
友達の作り方ってあるのかな?今度気が向いたらだんな様に聞いてみよう。うん。そうしよう。
8月うさぎは自分にそう言い聞かせて、くすくすと笑いながら眠りに落ちた。