産後の腰痛・下肢痛闘病記
産まなければよかったといった意見も。私はさすがにそうは思わない。けれども、自分の子どもを前にそう思わせるまで追い詰められ、痛みとたたかっているお母さんたちがいる。
産後、原因不明で動けないほどに腰が痛くて、出かけられないまま密室育児をしている人たちがいること。もっと多くの人に知ってほしい、また同じような状況の人がいたら少しでも励みになれば、と思って自分の体験を記すことにしました。
産後2ヶ月目から腰痛が急激に悪化し、足の付け根と仙骨に激痛が走って歩行困難になっていた。
横になると治まっていた足の付け根と仙骨の痛みが、横になっても寝つけないレベルの激痛に。
ずっと原因不明と言われていたけど、6件目の整形外科で、ようやく、ヘルニアと髄膜瘤の他に、仙腸関節炎があることがわかった。
それも、今までの医師の診断と自分の体の症状があまりに違うので、ネットで調べ尽くしてから「仙腸関節炎」と同じ痛み、と伝えてMRIを依頼して、やっとやっと検査してもらえた。
それまでずっと、まともに取り合ってもらえなかった。
画像では、炎症をおこした神経がくっきりと白く映っていた。
これまで通ったのは、整形外科6件、産院、肛門科、整形外科での牽引は10数回、整体院(カイロプラクティック)3件、鍼灸院2回。
最初の大学病院ではただの座骨神経痛と言われ、次の病院ではヘルニアだけど軽度だからすぐに治ると診断され、次の病院では理学療法士の方にヘルニアだけじゃないと言われた。
あまりに辛いので実家に戻った先の病院では原因がわからない、髄膜瘤があるから神経圧迫してるのかもと言われ、いつまでたっても原因が分からなかった。
痛くて痛くて、自分でネットで調べたら、仙腸関節炎という症状がぴったり当てはまった。
こんなに痛いのはおかしいと、母が連れて行ってくれた帰省先の大学病院で、初めて丁寧に診察してもらえた。(診察までまる一日待って。)
早くわかれば、長引かないらしい。
素人が調べて調べて探り当てた病気を、病院ではわからないの一点張りだった。
「整形外科学的立場からいえば、そもそも骨盤なんて歪みませんから。」←!
「大したことないから3月中には治ってるよ。」
「座骨神経痛なんてモルヒネ打っても痛いんだから。あなたなんかよりもっと痛い人いっぱいいるよ。」
「MRIなんか撮ってもしょうがないですから。」
「そんなに痛いなら授乳やめて薬飲めば?」←夜中ミルクに移行するの相当大変
「原因がわからないのに、見通しなんて立つわけないでしょう。」
今まで通った整形外科のお医者さんに言われた言葉。
つらかった。
一生治らないかもと不安になって、受診のたびにようやく原因がわかるかも、と期待して、こういった診察に何度もあたり、落胆して。
情けなくて、しょうがなくて病院で一度泣いた。
あとから待合室に看護師さんがやってきて、「産後の腰痛の辛さは、なった人にしかわからんけね。私も産後半年寝たきりやったよ。大きな病院でしっかり診てもらうんよ。」と声をかけられたこともあった。
整形外科では、産後の女性の骨盤や出産のしくみを問題にしない医師の多さにびっくりした。
骨盤なんて歪まない、というのは仙腸関節が動かない男性の骨盤のしくみらしい。
医療は元々男性の身体をモデルにしてきた、というのを何かの本で読んだことがあるけど、これ本当なんだなと思った。
自分の身体のしくみとか痛みの部位を正確に説明できるようになること、あらゆる可能性を患者側が自分で調べて提示できるようになることが必要なんだと思い知らされた。。
私は夫や実家に頼ることができたけど、激痛で10分と立っていられないなかでの育児は、現実的に厳しい。
産後こんな状態になった人は、みんなどこに行ったんだろう。
待合室で声をかけてくれた看護師さん同様、出産後身体に異変が生じてる人は、もしかしたら私だけじゃなくて、同じように医療の枠からこぼれた部分にいて苦しんでる人はたくさんいるんじゃないかと思う。
最後の頼みで、仙腸関節炎の治療法で有名なAKA博田法を行う病院を来週受診することに。
息子の笑顔が、せめてもの救い。
産後の腰痛・下肢痛闘病記[仙腸関節炎、座骨神経痛、ヘルニア、恥骨痛など] ① 恐怖の痛みが始まったころ。
12月に里帰り先で出産してから2ヶ月弱経った頃、東京に戻ってきた。
それから2週間の間に腰痛が急激に悪化し、ほとんど寝たきりの状態になってしまった。
最初は産後だし、赤ちゃんが大きく生まれたし、ただ腰が痛いだけだと思っていた。
しかし徐々にお尻から足まで痛みが広がって歩けなくなり、ひどい時は座っても立っても震える、あぶら汗がでるほどの激痛に。
その間の生活はというと、昼間は生後2ヶ月の息子と2人。抱っこしていないと泣く時期なので、一日中抱っこしている状態。
無理が祟ったんだな、しょうがない、がんばるしかないと思っていた。
痛みは日に日に強くなった。
太ももの後ろの付け根は、刃渡り30cmの出刃包丁が内側から縦にざくっと突き刺さったような痛み。。。 これは本気で絶叫するほど痛い。
お尻の割れ目の右上は、5cmくらいのガラスの破片が血管の中に突き刺さっているような感覚。あくまで肌感覚だけど。
食事をしようにも、椅子に座るとざくっと包丁がささるような激痛なので、まず、座れない。身悶えしながら立って、足踏みしながら食事をとるような状態。
お風呂も恐怖。
お風呂に入ったあとが1番悲惨で、激痛に耐えられず、思わずうめき声が出る。
結局寝たまま抱っこと授乳をするしかなくなり、夫は夜会社から帰って、息子のお風呂、洗濯や次の日の食事を作ってくれた。
新生児訪問と助産師指導のこと。
産後2ヶ月目のこと。
新生児訪問してくれた地域の助産師さんから毎日抱っこで散歩するように言われ、家でも一日中抱っこしてる上、当時7kgの息子を抱えて毎日散歩に出かけるようになった。
訪問してくれた当日も、片道徒歩20分のドラッグストアまで今すぐ馬油を買いに行きなさいと言われ、体調が優れない中出かけた。
その後、骨盤が炎症を起こして4〜5ヶ月ほぼ寝たきりに。
2月初め、大雪のあとで道に雪がたくさん残る道を、息子をスリングに入れ1時間ほどかけて歩いた。
胃痛と腰痛の相談をすると、その時していた骨盤ベルトをすぐに外した方がいい(サラシがないなら、腹巻きで充分!)と言われ、慌てて外した。片側からとめるタイプのベルトををすると、内臓がよじれているから胃痛も腰痛が起こるというようなことを言われた。
産後1ヶ月、骨盤輪が不安定なまま標準よりずば抜けて重い赤ちゃんを抱っこし続けた。
あの時骨盤ベルトを外さなければ、まだましだったのではないかと思う。
もちろん、赤ちゃんの寝かしつけ方とか授乳の姿勢とか沢山のことを教えてもらって、助かった点はたくさんある。
産後寝たきりになったのも、それだけが唯一の原因ではないと思う。
でも現代女性の、産後の体のこと、精神的なこと、もう少し注意深くケアする視点があってもよいのではないか、と思う。
知人のところに新生児訪問で来た助産師さんは、「風邪を引いてるんです」と言ってマスクを着けてきたという。赤ちゃんに移らなかったからよかったものの、お母さんに移り、お母さんが熱を出したらしい。
産後倒れる人が、これ以上出ないことを切に願う。
東京に戻ってすぐに、産後の骨盤ベルトを外したのもよくなかった。
訪問してくれた地域の助産師の方には、片側から留めるタイプの産褥ベルトは体がよじれて腰痛の原因になるから外した方がいい、と言われ、慌ててはずしたのだった。
固定するものが何もない状態で、まだ不安定な骨盤輪のまま、当時7kg の息子を長い時は10時間抱っこしっぱなしの日もあった。
生後2ヶ月で、置いたら泣く時期だった。
また、助産師さんいわく、スリングで毎日散歩するのが赤ちゃんにとって気分転換になるので良いとのことで、毎日ベルトなしで赤ちゃんを抱っこしたまま、30分〜1時間は散歩に出かけた。重みと痛みに冷や汗をかきながら。
産後の体の情報って、色んな人が色んなこと教えてくれるから、色々試してみるけれど、アドバイス通りに何でも試してるとよくない方向に行っちゃうこともある。
後悔しても遅いけれど、産後ゆっくり身体を休めずに、頑張りすぎていたと思う。
2週間後の週末、夫が見兼ねて自宅近くの大学病院に連れて行ってくれた。
仙腸関節炎、座骨神経痛、ヘルニア、恥骨痛など] ② 座骨神経痛?
3月1日、最初にかかった大学病院では、まずレントゲンを撮られて、骨には異常なしだった。
前屈して、寝てみて、足を触られて、研修医っぽい人から「ヘルニアではないので、座骨神経痛でしょう」との診断。
授乳中なのでロキソニンの塗り薬を処方してもらい、1週間様子見てまだ痛みが治まらなければ、もう一度来てくださいと。
それから1週間、痛みはどんどんひどくなった。
授乳するにも足の付け根が痛くて座れず、寝たままおっぱいをあげるしかない。
おむつ替えと自分の食事以外は立つのも辛く、泣いたら横になったまま添い乳。
息子と一緒に一日中寝たきりという状態に。
平日はついに実家の母が助っ人に来てくれた。
あまりに辛いので、この1週間のうちにタクシーを呼んで隣駅の整体院に2度通った。
カイロプラクターさんいわく、出産による骨盤の歪みが原因とのこと。
整体直後30分は少し楽になり、歩けるようになるけれど、それ以降はもっと痛くなり、夜は特に起き上がっていられない。
1週間後、3月7日にもう一度同じ大学病院に行った。
今度は別の先生に呼ばれて、痛みはどんどんひどくなること、整体に行ったことも告げると、「整形外科学的にいえば、そもそも骨盤なんて歪みませんから。」と、一刀両断。
MRIで見てもらえないかと頼んでみると、4月にならないと予約が撮れない状況。
まぁ、その頃には治ってると思うけどね。ふふ。とお医者さん。
椎間板ヘルニアかもしれないけど、安静にするしかないよ、大学病院は小回り効かないから、小さい病院で見てもらったら?と言われた。
問診や解決策もなく、唖然とした。
文句を言っても仕方ないので、その日のうちに、近くの病院の整形外科に夫に連れて行ってもらい、そこから紹介してもらったメディカルクリニックでMRIを撮ることになった。
.....
今思えば、一般的な整形外科って、椎間板ヘルニアかそうじゃないかしか見ないのかもしれない。あとは座骨神経痛という症状で片付けられてしまい、鎮痛剤を出されるのみ。
「骨盤なんて歪みません」というのには心底驚いた。
たしかに骨は歪まない。
骨盤はいくつもの骨から成り立っていて、骨と骨の間をつなぐ靭帯が緩むことで骨盤が広がり、出産時に赤ちゃんが出やすくなる。
男の人の骨盤は仙腸関節がほとんど動かないので、骨盤が歪むことも少ないらしい。
整形外科には、女性の骨盤が変化することや、出産のしくみを知らない(あるいは問題にしない)お医者さんも多いのかもしれない。
この後に行ったいくつもの整形外科に受診して、同じことを思った。
産後の腰痛・下肢痛闘病記[仙腸関節炎、座骨神経痛、ヘルニア、恥骨痛など] ② 座骨神経痛?
3月1日、最初にかかった大学病院では、まずレントゲンを撮られて、骨には異常なしだった。
前屈して、寝てみて、足を触られて、研修医っぽい人から「ヘルニアではないので、座骨神経痛でしょう」との診断。
授乳中なのでロキソニンの塗り薬を処方してもらい、1週間様子見てまだ痛みが治まらなければ、もう一度来てくださいと。
それから1週間、痛みはどんどんひどくなった。
授乳するにも足の付け根が痛くて座れず、寝たままおっぱいをあげるしかない。
おむつ替えと自分の食事以外は立つのも辛く、泣いたら横になったまま添い乳。
息子と一緒に一日中寝たきりという状態に。
平日はついに実家の母が助っ人に来てくれた。
あまりに辛いので、この1週間のうちにタクシーを呼んで隣駅の整体院に2度通った。
カイロプラクターさんいわく、出産による骨盤の歪みが原因とのこと。
整体直後30分は少し楽になり、歩けるようになるけれど、それ以降はもっと痛くなり、夜は特に起き上がっていられない。
1週間後、3月7日にもう一度同じ大学病院に行った。
今度は別の先生に呼ばれて、痛みはどんどんひどくなること、整体に行ったことも告げると、「整形外科学的にいえば、そもそも骨盤なんて歪みませんから。」と、一刀両断。
MRIで見てもらえないかと頼んでみると、4月にならないと予約が撮れない状況。
まぁ、その頃には治ってると思うけどね。ふふ。とお医者さん。
椎間板ヘルニアかもしれないけど、安静にするしかないよ、大学病院は小回り効かないから、小さい病院で見てもらったら?と言われた。
問診や解決策もなく、唖然とした。
文句を言っても仕方ないので、その日のうちに、近くの病院の整形外科に夫に連れて行ってもらい、そこから紹介してもらったメディカルクリニックでMRIを撮ることになった。
.....
今思えば、一般的な整形外科って、椎間板ヘルニアかそうじゃないかしか見ないのかもしれない。あとは座骨神経痛という症状で片付けられてしまい、鎮痛剤を出されるのみ。
「骨盤なんて歪みません」というのには心底驚いた。
たしかに骨は歪まない。
骨盤はいくつもの骨から成り立っていて、骨と骨の間をつなぐ靭帯が緩むことで骨盤が広がり、出産時に赤ちゃんが出やすくなる。
男の人の骨盤は仙腸関節がほとんど動かないので、骨盤が歪むことも少ないらしい。
整形外科には、女性の骨盤が変化することや、出産のしくみを知らない(あるいは問題にしない)お医者さんも多いのかもしれない。
この後に行ったいくつもの整形外科に受診して、同じことを思った。
産後の腰痛・下肢痛闘病記[仙腸関節炎、座骨神経痛、ヘルニア、恥骨痛など] ③ 「椎間板ヘルニアによる座骨神経痛」?
1件めのK病院で、うちは小回り効かないから小さい病院で見てもらったら?とのことで、その日のうちに、夫の車で近くのM病院の整形外科へ。
M病院から指示書を出してもらい、中野にあるメディカルクリニックまでMRIを撮りに行った。
産前産後、4ヶ月ぶりに電車に乗った。夫に支えてもらいながら電車に乗ると、見慣れていたはずの窓から見える景色が新鮮で、なぜか感動したのを思い出す。
MRI結果は1週間後。1週間耐えて、診察に向かった。
写っていたMRI画像は腰のみだった。
5番の腰椎に軽い椎間板ヘルニアが見られた。
先生: 「これぐらいのヘルニアならもう治ってると思うよ。え?まだ痛いの?じゃあ引っ張ったり伸ばしたりする治療やってる病院を紹介してあげるよ。うちは総合病院だし待つからね。
住所どこ? じゃあ、駅前のY整形外科が行きやすいかな…。大丈夫、軽いからすぐに治るよ。」
すぐに治る…!
期待に胸を膨らませ、タクシーで一度家に戻り授乳をすませ、紹介されたY整形外科に早速リハビリを受けに行った。
腰椎しか映っていないMRI画像を見て、足の付け根が痛いんですと行ったが、「ヘルニアだからですよ」と言われた。(実際は違った。)
Y整形外科に着くと、患者さんが20人ぐらい待合室で待ってた。ほぼ70代以上に見える。
初診なのでまず診察室で先生の診察を受ける。先生も70歳は越えている風だった。
MRI画像を提示すると、やはり「これぐらいのヘルニアすぐ治るよ〜」と先生。
その後理学室に入ると、そこはまるでお年寄りのコミュニティ・スペース。
いつ行ってもシャキシャキしたおじいさん、おばあさんが、理学療法士の格好をしたスタッフの人たちから手をさすられながら、楽しそうに談議している。
携帯電話に迷惑メールがくる話とか。
コンビニのカードが分かりづらくて使えないとか。湘南新宿ラインが便利だとか。とかとか。
理学療法士用の白い作業着を着たスタッフの人は、まるで患者さんの会話のファシリテーター。
1人の人の雑談で出た話題を、私や他の患者さんにも振ってくる。
明るくていい雰囲気だなー。
最初はそう思った。
3回目ぐらいからか、何だか不安を感じ始めた。
毎度のように「あなた痛いの背中だっけ?腰だっけ? もう、若いのにどうしちゃったのーあははは!」と、理学療法士の格好をしたスタッフの人から聞かれた。
「いえ、お尻と後ろ足の付け根が痛いんですけど…」というと、「あー、ヘルニアだからねーしょうがないよ」。
ピタッと背中に電気パッドを貼られて、なんだか悶々としながら背中にビリビリを感じ、古くなって錆び付いたベッドに仰向けになり、腰にベルトを巻いて、ギーコギーコと音を立てながら23kgの牽引治療を受け続けた。
「あのぅ、腰じゃなくて、お尻と足が痛いんです。」
5回目ぐらいのリハビリに通ったところで、もう一度診察を入れてもらい、先生に伝えた。
すると先生も「ヘルニアだからよ。大丈夫、大丈夫。まぁ、時間はかかるよ。」
全部で8回ぐらい通っただろうか。
このリハビリで"ヘルニアによる座骨神経痛" が治るんだ、と信じて、毎日のように足を引きずりながら通った。
今思い出せば、その理学室には理学療法士による理学療法をしているベッドは、1つもなかった。
この後、セカンドオピニオンで母の友人が紹介してくれた整形外科を受診することになる。
今思えば、骨盤がゆがんでいる状態、仙腸関節を痛めてる状態で牽引治療を何度も繰り返したことで、余計に症状がひどくなっていたのかもしれない。
産後の腰痛・下肢痛闘病記[仙腸関節炎、座骨神経痛、ヘルニア、恥骨痛など] ④ 腰椎ヘルニアだけじゃないかも?
Y整形外科のリハビリがあまりに適当だったので、3月も終わり頃にセカンドオピニオンとして、母の友人が紹介してくれた4件目のZ整形外科へ。
最初の痛みから、1ヶ月経っていた。
Z整形外科までは電車で2駅、そこから徒歩10分の距離。
やっとの思いで到着したけれど、もはや病院の待合室に座ることもできないぐらい、症状は悪化していた。
診察はとても丁寧だったが、腰椎のMRIデータを提示したのが良くなかったらしい。
お尻の割れ目(仙骨)の痛みを伝えても、先入観からか、「お尻の痛みと座骨神経痛は椎間板ヘルニアからの合併症」と思い込まれてしまったみたい。
結局、ヘルニアを治療するための牽引が始まった。この整形外科にも3回通った。
しかし今回は錆び付いた器具ではなく、新しい、座ると自動で仰向けに倒れて牽引が始まる温まるベッド。こっちの病院の牽引は12kgだった。
予約制の理学療法もあり、一度チャンスがあって理学療法士の方にもみてもらったところ、「これはヘルニアだけの痛みではないと思います」とのこと。
ここで初めてヘルニア以外の可能性を指摘された。
ただ結局、翌週から実家に戻ることになり、そこでの理学療法は受けずに終わった。
Z整形外科に通っても帰宅途中で激痛、電車でも壁によりかかりながら一歩を踏み出すのが精一杯。。
街中では右足を地面にほとんどつけることができず、左足だけに重心をかける歩き方をしていた。
道行く人にはじろじろ見られたけれど、あまりに痛くて恥ずかしいと感じる余裕もなかったなと思う。
その頃の痛みは、思い出しても冷や汗がでる。
母がいてくれるうちにどうにか治したくて、整形外科に通いながら、友人に勧めてもらった鍼灸院やカイロプラクティックにも数回通った。
鍼治療は冷や汗をかくほど痛かったけど、施術直後はいつもの痛みがひどい筋肉痛に変わるような感覚。それで翌日くらいまでは少し気が紛れた。
(1回目、これで治らなければもう一度来て下さい、と言われ、2回目にこれでもう治りましたと言われたが、結果だめだった。)
3月末、カイロプラクティックに行く頃には、おそらくそれまでに骨盤輪が不安定な状態のまま、牽引などを重ねたためか、肛門や会陰部付近の骨にまで、痛みが拡がっていた。
実は地元の産院では分娩時の会陰切開がなく、自然分娩で肛門まで裂けたあとに縫合をされていた。
カイロでそのことも伝えると、施術師の方からは、会陰〜肛門を縫合したことが、毛細血管周りの神経にかなり大きいダメージを与えている、その影響でお尻の筋肉がカチカチに固まり、血行障害まで引き起こしていると教えてもらった。
骨盤の調整と筋肉をほぐしてもらい、血行がよくなるようにとカッピングもしてもらった。
このカイロプラクティックに行ってから、足の付け根の痛みが少し楽になった。
痛みが少し楽な状態は初めて数時間も続いたが、夕方には痛みが逆戻りした。
ここまでは、痛みで歩くのも難しくなってから1ヶ月間の記録。
この期間、4週連続で昼間は母に来てもらい、家事と子守を手伝ってもらっていた。
この1ヶ月間、整形外科での治療は無駄だったかもしれないけれど、母と夫のおかげで治療に専念することができた。
どこの病院に行っても「すぐに治る」「3週間で治るよ」と言われ、毎日のようにタクシーや電車で足を引きずりながら何らかの治療にむかい、踏ん張ってきた。
これ以上、九州から東京まで母に来てもらうのはさすがに厳しく、かと言って昼間息子と2人になったところで痛みで動けない、治療に出かけられない、今度は夫まで過労で倒れてしまうので、3月末から実家の福岡に再び戻ることになった。
(このあと帰省してさらに1ヶ月経って、6件目の病院で痛みの原因がわかり、7件目の病院で初めて治療が始まった。)
.....
仙腸関節炎に限らず、腰痛の8割はなかなか診断がつかないらしい。
たとえば画像ではヘルニアが認められるが、腰痛が全くない人も多いという。
つまり整形外科で痛みの原因を特定することはかなり難しいのだそう。
私の場合、産後4ヶ月で原因がわかり治療が始められたが、誤診のまま誤った治療を何年も続ける人も多いという。
また原因がわかっても、痛み止めの処方と安静指示(もしくは痛み止めでごまかしながら動く指示)をする整形外科がほとんど。
寝たきりでの育児は本当につらい。
家族も疲弊する。
産後このような症状に苦しむ人が1人でも減るように、私が今通っている病院のような「治す」治療法が、もっともっと普及してほしいと願う。
産後の腰痛・下肢痛闘病記[仙腸関節炎、座骨神経痛、ヘルニア、恥骨痛など] ⑤ 帰省先の整形外科、産院、肛門科
3月末から地元に戻ってきた。
空港では、父が車椅子を押してくれた。
父に車椅子を押してもらうのは、役所に出生届を出しに行った時以来。
出生届は、産後2週間以内に親本人が届けなければならず、産後も体調不良で歩けなかった。
出産後、車椅子には4回乗った。
帰省した翌日、父が頚椎症で通っている近くの整形外科に受診。
最初に担当してくれた医師の方は、持参したMRIデータをかなり丁寧に見てくれた。
「軽いヘルニアが左側にあるので、右側のお尻と足の付け根が痛いのは不思議」だが、ヘルニアが軽い割には痛みが強いこともあるからということで、ここでも25kgの牽引治療が始まった。
同時に、ヘルニア原因だけじゃないかもしれないとのことで産院も受診するよう指示があった。
産院では分娩時の会陰切開を希望していたが切開がなく、肛門まで裂けていた。
それと関係しているのかどうかはわからないが、肛門周囲の骨にも疼くような痛みがあったのと、産後4ヶ月経っていたけど傷口がまだ痛んだ。
カイロプラクターの方からは、会陰〜肛門まで縫合したことは、毛細血管周りの神経にかなり大きいダメージを与えていると教えられていた。
4月に産院を受診し、腰痛と、肛門付近の骨も痛むし会陰裂傷の傷口もまだ痛むと伝えたたところ、
「会陰切開は間に合わなかったかもしれないけれど、骨はお産の影響でしょう。傷口は治りますよ」という説明だった。
もしかしたら直腸脱かもしれないということで、肛門科の受診を勧められた。
産院に行った翌日、肛門科に行って検査を受けたが、肛門にも大腸にも異常ないから、腰痛が原因の神経痛でしょうと言われた。
産院と肛門科を受診したあと、診察結果をもって同じ整形外科に行った。
もう一度、最初の医師の方が腰椎のMRIデータを確認し、尾骨の上部分に髄膜瘤があることを指摘された。
前回から気になっていたそうだが、胎児の頃から髄膜瘤がある人は沢山いるから言わなかったらしい。
確かにデータをみると、尾骨の上部分の神経が一旦途切れて、膨れているように見える。
もしかしたら特殊な事例かもしれないという。
同じ週の金曜日に、近くの総合病院から脊髄専門の医師が来るから、その先生にもう一度診察してもらって下さいと言われた。
...
肛門科に行った翌日に、整体院にも行きはじめた。
最初は整体師さんも「治るよ」と言って施術してくれていたが、4回目にはもうお手上げという感じだった。「首も背骨も尾骨もおかしいから、整形外科で見てもらった方がいいよ」と。首のヘルニアも持っているだろうと言われた。
ここの整体師さんは、仙骨のことを尾骨と言っていたことを、あとから知った。
仙骨が痛いというと、「ここは尾骨よ。」と言われたので、整形外科で「尾骨が痛い」というと「尾骨じゃないです」と言われた。
痛みのある部位の内側が何という部分なのか、しっかり自分で調べて知識をもっておくことが大事だと思った。
産後の腰痛・下肢痛闘病記[仙腸関節炎、座骨神経痛、ヘルニア、恥骨痛など] ⑥ 髄膜瘤??威圧的な診察に滅入る。
実家近くの整形外科で、MRI画像に髄膜瘤が認められるとのことで、脊髄専門医の方が来る日に再度診察を受けに行った。
指定された日に病院に行くと、脊髄専門医の方は緊急手術が入ったとのことで、急遽院長の診察を受けることに。
この診察で、ついに滅入ってしまった。
院長、診察室に入ってきた瞬間から、ものすごく機嫌が悪い。
まずMRI画像を確認して、
「ヘルニアは左にあるんだから、右が痛いのはおかしいです。」と言われる。
でも痛いのは右側。考えられる可能性を聞くと、
「わかりませんよ、そんなの。」と。
呆気にとられて次の言葉が出ない。
症状の原因や可能性を特定して治療にあたるのが医師の仕事だと思っていた。
持参したMRI画像には腰椎しか映っていないが、お尻の割れ目と足の付け根が痛いので、一度MRIを撮ってもらえませんか?というと、
「MRIなんか撮ってもしょうがないですから。」と言われる。
ものすごく痛いと伝えると、
「座骨神経痛なんてモルヒネ打っても痛いんだから。もっと痛い人いっぱいいるよ。」
と、言われる。
髄膜瘤のことを聞くと、「理科で習ったでしょう。」と。。
痛みでこれ以上質問する気力もなく、うなだれるしかない。
レントゲンなら撮ってもいいよと言うので、レントゲンを撮ってもらうと、
「異常ありません。足の付け根に水が溜まってたとしても、MRI撮らないと映りませんから」と言う。
(だからMRI撮ってって頼んでるのに…。)
「水が溜まってる可能性もあるんですか?」と聞くと、
睨みつけるように「だからわかりませんって。」の一点張り。
「そんなに痛いなら授乳やめて薬飲めば?」とのこと。
母乳栄養でここまできた。4ヶ月に入って夜泣きが始まり、夜中に7-8回は起きる時期だった。
横になっていなければ激痛で動けない状況で、夜中ミルクに移行する方が、倒れる。
同席していた母が見兼ねて、見通しだけでも知りたいんですが、と言うと、
「原因がわからないのに、見通しなんて立つわけないでしょう!」と、なぜか怒られた。
意味がわからない診察に、心身ともに疲れ果て、何もかも諦めそうになった。
情けなくて、仕方がなくて、涙がぽろぽろこぼれた。それまで必死に耐えてきたものが崩れた。
会計をすませ、帰ろうとしていたところ、普段温厚な母がぶち切れて、大学病院に紹介状を出すよう頼んでくれた。
すると診察に立ち会った看護師さんから、
「産後の腰痛の辛さは、なった人にしかわからんけね。私たちにも同じ痛みが伝わればいいのにね。
私も、産後半年は寝たきりやったよ。大きな病院でしっかり診てもらうんよ。」
と、声をかけられた。
痛みと心理的な打撃で、その日はしばらく放心状態だった。
痛みと気持ち
息子5ヶ月、今日は添い乳で寝ないからどうしよう?と思ったら、くるんと寝返りして足元まで来て、私のひざをまくらにしてすっと寝た。こんな寝方初めて。猫みたい。
夜中5〜10回とか起きるのは大変。だけど毎日初めてのことが起こるからびっくり。面白い。
体調は波を繰り返している。
きつい痛みがくると、どうしても負の感情、うらみとか情けなさとかイライラとか人のせいとか、すっごく嫌な感情がでてきて息苦しくなる。私、いやな人間だなと思った。
でも、家族がそばにいてくれるのは(離れてても)、それだけで充分過ぎるくらい幸せ。
痛みが落ち着いてるときは気持ちも楽になってそんな風に思える。
すごい勝手。
産後の腰痛・下肢痛闘病記[仙腸関節炎、座骨神経痛、ヘルニア、恥骨痛など] ⑦ 痛みの原因は、仙腸関節炎だった?
5件の病院を回ってもヘルニア、髄膜瘤の可能性以外に原因がわからないまま2ヶ月が経った。
最後の診察で放心状態になり、医師に頼るのに疲れ果てた。
それで、自力で調べていたら、「仙腸関節炎」という聞き慣れない病気と出会う。Googleで何度も何度も似たようなワード検索かけてやっと行き着いた。
自分の痛みの部位と、痛みの状態にぴったり当てはまっていた。
骨盤の仙骨と腸骨の間にある関節が炎症を起こしている状態で、妊娠中〜産後に多いらしい。ひどい場合は起き上がれなくなるというから、これだと確信した。
仙腸関節炎と同じ痛み、と伝え、6件目の大学病院でようやく骨盤のMRIを撮ってくれることに。
痛みのなか8時間待って、ようやく診察室に入り、一週間後にMRIの予約を入れてくれた。朝8時半に家を出て、終わったのは17時半だった。
祝日と連休をはさむため、結果は一ヶ月後に来て下さいとのこと。
気が遠くなるかと思った。
何とか一週間がまんして過ごしたが、激痛で悠長に一ヶ月も待っていられず、4月末に同じ病院で急遽みてもらった。
この辺から、恥骨痛も合わさって眠れない日が続いていた。
結果、私の予想はあたっていたかに見えた。
MRI画像には「仙腸関節炎の疑いあり」という放射線科医の所見と、炎症を起こした神経が白く写っていた。
また、圧痛のある仙骨と同じ部位に写っている髄膜瘤がもし痛みの原因だったとしても、これを取り除く手術をするには神経管を割る必要があるため、リスクが高いらしい。
大学病院の先生の見解では、痛み止め(授乳中だからカロナール)をのみながら炎症が引くのを待つしかないらしい。
何とか仙腸関節炎を治す方法はないものかと調べたところ、AKA博田法という、仙腸関節を数ミリ動かす徒手法をやっている病院が全国にもいくつかあるという。徒手法で唯一、医学会で認定されている手法とか。
日本AKA医学会ホームページ
http://www.aka-japan.gr.jp/index2.html
最後の頼みで、車で1時間半の場所にある7件目の整形外科の門を叩いた。
祈るような気持ちと、またいい加減な診察だったら嫌だなというこわごわした気持ちがないまぜだった。
産後の腰痛・下肢痛闘病記[仙腸関節炎、座骨神経痛、ヘルニア、恥骨痛など] ⑧ 治る見込み。7件目の病院
4月末から、車で1時間半のところにある、仙腸関節専門の先生がいる整形外科に通い始めた。
ヘルニア、わからない、治らないと言われ続け、整形外科だけで7件目。
波は繰り返しつつも、調子のいい時には痛みが3分の1くらいにまで減るようになってきた。ここ数ヶ月で初めて前進の兆し。
ビタミン剤の点滴、電気と温熱、理学療法をしてもらっている。
AKA博田法は一時的には痛みを抑える効果はあるものの根本治療ではないこと、人によって理学療法の方を進める場合もあることを教わった。
通う前は10分も起き上がっていると、太ももの付け根に錆びた包丁が内側からざくっと刺さり続けるような痛み。風呂上がりは特に絶叫だった。
お尻の割れ目の右上(仙骨)には、全長5cmくらいのガラスの破片が体の中に突き刺さってるかんじ。
恥骨痛で眠れない日も続いた。
痛みと恐怖の3ヶ月間だった。
院長から、重症化してるから時間かかるけど、必ず治ります、治しますと言われた時は、ほっとして涙がでるかと思った。
血液検査では、網状赤血球と骨を作る要素の値が異常に高いらしい。
授乳でかなりの量の血液と栄養素がとられるために「多量出血と同じ状態」になっていて、必要な部分に栄養が届かず治りが悪くなっているという。
母乳で赤ちゃん1人が成長するってものすごいことらしい。
肉をたくさん食べる様にいわれ、プロテインと鉄とビタミン剤、漢方薬を処方された。
人間の身体は必ず治る力もっているからそれを活かすという方法らしい。理学療法(外側)と栄養(内側)の両面から治す補助をしている。
院長に「自分のDNAを信じて!」と言われた。遺伝子がたんぱく質の設計図だから云々らしい。
なんだか難しいけど、自分のDNAを信じよう。。。
がんやうつだけでなく、痛みにも栄養療法を用いてる病院は少ないそう。
おもしろいことに、たんぱく質をしっかり摂るようになると、むだに糖を欲さなくなってくる。糖のとりすぎは座骨神経痛にもよくないらしく、甘いもの大好きだけど、今はがまん。
おもしろい病院で、診察を希望しなくても、院長が必ずリハビリ中や、点滴中、座っている患者さん の1人ひとり、全員に声をかけて回る。
理学療法士の方も、自分の担当者だけでなく、他の患者さんの様子まで観察して声をかけてくれる。
今まで行ったどこの病院も、痛み止めの処方と安静(もしくは痛み止めで動く)指示だったけど、理学療法と栄養療法で「治す」アプローチの病院は初めて。
ここに出会わなければ明らかにもっと長い間痛みはマックスだったと思う。
今まで通った整形外科(高齢者の腰痛などを主に扱っていた)と違い、寝たまま車椅子で来ている人や、がん患者の人、スポーツ疾患の人や、最初の私のように歩行困難な人や赤ちゃん連れのお母さんなど、色んな症状の患者さんが通っている。
これまで椎間板ヘルニアからの座骨神経痛と思い込まれ、骨盤が炎症を起こしたまま20kg以上のけん引治療に通い続けたのも悪化の原因だったそう。
ただ、仙腸関節炎は診断が難しく、ヘルニアやぎっくり腰として診断されて間違った治療を何年も続ける人も多いらしい。
産後、もっと長い間寝たきりになる人も、もしかしたら多いのかもしれない。
しかし出産のしくみや産後の体のことを詳しく踏まえた上で治療にあたる病院は、原因を調べてくれた大学病院と、この病院だけだった。
出産とその後の闘病をきっかけに、大げさだけど人生観がらっと変わったと思う。
こんなに 病院通いしたのも初めてだったし、大きな痛みに負けそうになるたびに、自分に腹が立ったり、かなり落ち込んだ。
心と体ってつながってる。
産後1ヶ月安静に過ごしたらすぐに元気になって育児が始まると思っていた。
こういうのって珍しいことじゃないらしいわりには、「骨盤しめましょう」とか、母から娘に「産後用心するように」とか伝えられる程度で、情報があまりに出回っていない。
病院でさえ、分かる人が少ないことを知った。
自分のからだのこと、出産でどうなるのか、骨盤のしくみ、もっと自分で知識もっておかないとまずいな、と思った。
家族のおかげで治療を受けられることにも、感謝。
あきらめそうになるたびに、夫や両親に励まされた。息子が元気なことも、救い。
まだ10分も起き上がっているとかなり痛くなり、布団に直行する日々。
早くなおしたい。
産後の腰痛・下肢痛闘病記 ⑨痛みの原因は、仙腸関節炎だけじゃない? 仙骨嚢腫、ブロック注射など
7件目の整形外科(仙腸関節専門の先生がいる)には、5週間で10回通った。
最初の3週間でだいぶ楽になってきていたものの、場所が遠いので家族の負荷が大きくなってきていた。
また、この2週間で急激に痛みが元に戻ることも増えてきた。なぜ…。
波を繰り返すとはいえ、激痛がくると辛い。
痛みに振り回され、精神的にもイライラしたり、落ち込んだり。
7件目には週1のペースで通いながらも、平日に近くで理学療法だけでもしてくれる病院はないかと探したら、車で30分ほどのところにリハビリテーションで有名な総合病院があるという。
他院に治療で通っていることも伝え、理学療法希望ということでその総合病院を受診した。8件目。
結果、リハビリテーションは手術後の患者が対象で受けられないものの、整形外科では仙腸関節に詳しい女性の先生が見てくれた。
するとMRIデータからいくつか新たな事実が分かり、衝撃を受けた。
まず、5件目の高圧的な医師から「髄膜瘤」と言われた嚢胞のことを、ここの先生は「これは髄膜瘤ではなく、仙骨嚢腫。」とのこと。
先生いわく仙骨嚢腫自体が痛みを引き起こすことは考えにくいらしい。調べてみると、座骨神経痛と仙骨嚢腫の関連性が書いてある記事もいくつか見つかる。
次に、仙腸関節炎の痛みは鈍痛だから、私が訴える突き刺すような痛みとは違うという。
そもそも、仙腸関節炎は左側に見られるから、右が痛いのは別の理由だろうとのこと。
痛みの原因は、仙腸関節炎でもないかも!?と知りさらに驚く。
放射線科医にもMRIデータを回してくれて、やっぱり画像には映らない神経の異常による痛みの可能性が高いという。
となると、ペインクリニックの選択肢も考えた方がよいということで、原因の部位を調べるため、仙骨にブロック注射を打ってもらった。仙骨が原因であれば、ブロックが効く。授乳中でも問題ないらしい。
普段の痛みが強いためか、ブロック注射の痛みはほとんど感じなかった。ベッドで1時間安静にしてから病院を出た。
仙骨ブロックは、効かなかった。
病院を出て1時間くらいは仙骨だけ麻痺していたが、太もも後ろの付け根(座骨)は痛みが変わらず、仙骨も1時間で痛みが元に戻った。
様子を覚えておいて、3日後にまた来てくださいとのこと。
理学療法目的で言ったのに、こんなに丁寧に原因をつぶし、痛みを取り除こうとしてくれるお医者さんは、初めてだった。
痛みを伝えて、仙腸関節炎の痛みと違うと、知っているお医者さんも初めて。
ありがたい。プロフェッショナルだなと思った。
それにしても、医師によって全く診断が違うこと、症状や病名にまで誤診があることにも驚いた。
これまでの診断: 座骨神経痛、椎間板ヘルニア、髄膜瘤、仙骨嚢腫、仙腸関節炎、神経系信号異常。。。
自分の身体がどうなっているのか、もはや分からない。
分からないけど、とにかく早く治したい。
早く、痛みのない生活がほしい。
産後の腰痛・下肢痛闘病記 10. 産道の神経がやられている可能性。ペイン外来。
3日後。仙骨ブロックが効かなかったことを伝えると、神経の問題の可能性がある、ペインクリニックの範疇かもしれないとのこと。
整形外科の先生が、すぐに麻酔科の先生に電話をして状況を伝えてくれた。
産後2ヶ月目から原因不明の臀部痛があること、それが突き刺す痛みであること、MRI画像に原因とみられる異常はないこと、帰省先で出産した後に2ヶ月目から東京に戻り痛みが出始めたこと。ものの30秒で、カルテも見ずに。
麻酔科の先生は時間外にもかかわらず受け入れてくれた。そのまま、麻酔科のペイン外来へ。
麻酔科では、1人目の先生がこれまでの全ての経緯を聞いて、丁寧に文字に起こしていた。
(産後2ヶ月目の2月からお尻の上から座骨に激痛が現れ、東京の大学病院ですぐに治る座骨神経痛と言われたこと。最寄りの総合病院ですぐに治る腰椎椎間板ヘルニアと言われたこと。最寄りの整形外科、2駅離れた整形外科でも軽いヘルニアという事でけん引治療に通ったこと。
痛みの部位が違う気がして何かおかしいと思い、治らないので帰省して、帰省先の近くの整形外科で、痛みの原因は髄膜瘤かもしれないが分からないと言われたこと。
出産で会陰切開が間に合わずかなり裂けたことから、産院の受診も進められたこと。産院では会陰裂傷の傷は塞がってるから問題ない、直腸脱かもしれないと、肛門科を勧められたこと。
肛門科で肛門にも大腸にも異常なかったこと。
どこに行っても分からないから自分で調べたら、痛みが仙腸関節炎と同じだと思ったこと。
整形外科から紹介状を出してもらった大学病院でMRIを撮り、仙腸関節炎の診断だったこと。
仙腸関節専門医に1ヶ月通ったこと。そこが遠いので平日だけでもリハビリを受けたくてこちらの病院に来たら、整形外科で仙腸関節炎とは痛みと部位が違うし、嚢腫は髄膜瘤ではなく仙骨嚢腫であること、原因は神経の可能性がある、ということで麻酔科を紹介してもらったこと。)
2人目の診察の先生はそれを一目でぱっと見て、どうやら産道の神経がやられている可能性がある、という。
その可能性を探るための点滴をした。
色んな病院でわからなかったから特効薬になるかは分からないが、もしもこの点滴薬が効くようであれば、神経に問題がある可能性が高い。内服薬を検討した方がいいとのこと。
その場合、6月中はうちで治療を進め、その後は東京のペインクリニックを紹介する、と言ってくれた。
神経の場合、足に釘が刺さったり怪我をした人が、後から強い痛みを訴え始め、神経が損傷してたということが多いらしい。
出産のとき会陰切開を希望していたが当日切開はなく、分娩時に肛門まで裂けて、10針ほど縫合した。
麻酔科の先生いわく、その裂傷で神経がやられたんだろうとのこと。
3日間様子をみて、3日後に来るように言われた。
濡らした脱脂綿を首と、お尻〜腰につける検査のようなものもした。お尻〜腰は冷たさを感じない。感覚が鈍っていた。
点滴して2時間、嘘のように痛みが軽くなった。
点滴を外して2時間経った後、強い痛みが戻った。
やっぱりだめか… と思った数時間後、嘘みたいに軽くなる。
点滴した当日、夜になるまでにそれを3回ぐらい繰り返した。今までにはない感覚だった。
翌日。
座骨神経痛は残っているが、仙骨の痛みはかなり軽い。
2月以来、初めて仰向けで寝ることができるようになっている。
リハビリ希望でたまたまこの病院に来たので麻酔科にくるなんて予想もしていなかったが、この病院にも来てよかった。
整形外科の先生も、麻酔科の先生も痛みの特徴から1つひとつ、ものすごく丁寧に原因を探り、痛みを和らげる方法を何とかして探ろうとしてくれている。
この病院の先生たち、プロだなと思った。
とても有難い。
1ヶ月通ってきた仙腸関節の病院は、理学療法の他、漢方薬やサプリを使って内側から治癒力を高める信念を持った考え方。(東洋医学のようなものだろうか。患者には大体同じ治療法を勧められている。)
この方法も、私には合っていた。通い始めて数週間で、ずいぶんと痛みが緩和した。
が、波を繰り返し、最近になって急に痛みが戻ってきたりもして、授乳中はこれが限界か、と院長に言われていた。
ふしぎなことに毎回、理学療法を受けた翌日に楽になっていた。
もし、痛みの原因が神経だとすれば、神経が問題を起こして痛い → 痛みで硬直した筋肉が、神経を圧迫 → 理学療法で筋肉の緊張が和らぎ、翌日は楽に感じる → 翌々日からまた痛みが戻り始める… というのを繰り返していた、ということなのだろうか。
今の私の体には東洋医学、西洋医学、両方の考え方が必要なんだと思う。治るなら、何にでもすがりたい。
痛みの原因も、きっと1つではないんだろう。
腰椎椎間板ヘルニアによる座骨神経痛、骨盤輪不安定による仙腸関節炎、髄膜瘤、仙骨嚢腫による神経圧迫、産道の神経損傷…
「原因不明」も含めて、方々の病院で色々な診断名がついた。
原因は1つではなく、出産で色んなことが起きたんだろう。
その後の育児も含め、色んな原因が組み合わさって、痛みを引き起こしているんだろう。
何にしても、あきらめないで可能性を探り、治療を受けて、笑顔で育児できる体にもどりたい。
あきらめない。
産後の腰痛・下肢痛闘病記 11. その後の経過
地元のペインクリニックに通い始めて1ヶ月。
車いすで地元に戻った頃に比べれば、ずいぶんと痛みが楽になってきた。
立って抱っこしたりするのは厳しいけど、日常生活を送れるぐらいまでは回復してきた。
寝返りをうったり、仰向けで寝られるようになった。
椅子に座ったり、立って歩ける時間も少しずつ伸びてきた。
局所麻酔薬のキシロカインという薬を点滴した直後数時間は、うそのように痛みが引き、3時間も経つと痛みが戻る・・ という日々を、この1ヶ月送ってきた。
すこしずつ、すこしずつアップダウンを繰り返しながら、徐々によくなってきた感じ。
点滴は週2回だと痛みが戻りやすいので、6月下旬から週3回に増やしてもらい、少しずつ楽になった。
合間に、理学療法の代わりとして骨盤矯正の整体にも週に1回通った。
仙腸関節の可動生を高める女性専用の整体院。ここで施術を受けたのも私の体に合っていた気がする。
2月~4月の絶叫するほど痛い頃に比べたら、一番痛くても3割ぐらい。
そして先週末。3ヶ月ぶりに、ようやく東京に戻ってきた。
息子の予防接種や私のペインクリニックに行く日は、夫が仕事を休んで付き添ってくれている。
こちらのペインクリニックでは、キシロカインは取寄せになるとのことで、まずは腰椎ブロック注射を打った。
整形での仙骨ブロックは効かなかったが、腰椎ブロックの後は3時間ほど痛みがなくなった。
翌日は痛みが少し戻ったけれど、ここ2日間はかなり調子がいい。
夫と食材宅配に頼りながら、ぼちぼち生活していこうと思う。
キッチンに立つのが辛いこともあったので、前職でお世話になった方々に頂いた、オーガニックのベビーフードセットが本当に助かっている。
来週末で、出産から7か月。
地元での3ヶ月間は、実家の母の負担も相当なものだった。
息子を抱えながらの病院の付き添いは、往復数時間、病院での待ち時間と診察、さらに点滴1時間。
私が動けないため、家事や息子の抱っこなどもめんどうをみてもらっていた。
母がいなければ、こんなに治療も受けられなかったし、おそらく半年では回復していなかったのではと思う。
もしも1人で育てていて、産後こんな状態になったら… と考えると、想像を絶する。
産後の肥立ちが悪く、何ヶ月間も外出もできずに痛みを抱えながら赤ちゃんの面倒を見ざるを得ない人も、もしかしたら沢山いるのかもしれない。
そう思うと、胸がはりさけそうになる。
産後の腰痛・下肢痛闘病記 12. その後の経過 2
月曜日に打ったブロック注射が効いたのか、台風一過で晴れたからか、初めて痛みがほとんどない。
思いきって、家から歩いて5分の児童館に行ってみた。
息子と2人で出かけるのは、2月に体調を悪くして以来、初めて。
自分の足で歩けることは、こんなに気持ちいいんだと、生まれて初めて知った。
また戻るかもしれないけど、やっとひとつ、自信がついた。
もうすぐ産後7ヶ月、これからやっと、笑顔で子育てしていける気持ちになれた。
ありがたくて、涙がでそう。
児童館の幼児室には8ヶ月〜1歳過ぎの赤ちゃんが来てた。
ママ友ができたことにも、いちいち感動。
自分が困ってはじめて痛感したことは、産後寝たきりで半年以上出かけられないとかになると、最初は痛みに翻弄されるのが先だけど、次に痛みを分かち合える人と情報や状況を共有したかった。
その次に、同じ月齢の赤ちゃんやお母さんと出会う場がないのかが辛かった。
人に会えない。リアルな情報に到達できない。
私の場合、幸い家族に頼ることができたけど、もしも産後寝たきり状態で1人で育てていたら、病院にもきっとこんなに通えてなかったしいまだに回復していなかったと思う。
実家に戻る前、自分が動けないから息子に寝て欲しくて、夫が夜帰宅するまで寝たまま一日中授乳してやり過ごしていた。痛みで精神的な余裕もなかった。
そんな状態が何ヶ月も続いたら… と想像すると。。。
今朝は、近くの中学校の生徒さん達が授業で児童館に見学に来ていて、色々インタビューされて赤ちゃんの生活のこととか話した。
産後につくづく思ったことは、中高生には従来の性教育だけじゃなく、出産と産後の身体のしくみのこともきちんと教えてほしい。
自分が生む生まないに関わらず、将来産む人のパートナーにもなり得るし、出産で体がどうなるかという知識はセクシュアリティに関わらずもっておいてほしい。
だからそういう意味で、中学生のときに赤ちゃんや産後ママに関わる体験をするっていうのは、すごくいいことだなと思った。
多様性とか一言で言ってた今までの自分が恥ずかしい。
自分が動けなくなったら、人に甘えて生活するので精一杯だった。
本当に有り難い。
帰宅して、夫が作り置いてくれたゴーヤチャンプルを食べた。すごく美味しかった。
産後の腰痛・下肢痛闘病記 13. 痛みの再発
東京に戻って1ヶ月が過ぎ、ようやくペースがつかめてきた。
3週連続でペインクリニックにブロック注射を打ちに通って、痛みがだいぶ和らいできていた。
夫と子どもと3人だと、夫が抱っこしてくれるので割と遠くまで出かけられるようになった。
子と2人では、最長距離で隣駅まで杖+抱っこひもとバスで行けるように・・なった??
と思ったら、 痛みが再発。
隣の駅にある親子ひろばに、ファミサポと一時保育(1時間単位の預かり)の登録に行ったのが、今の私にはまだ無理だったらしい。
0〜1割ぐらいにまで落ち着いていた痛みが、4割〜5割ぐらいにまで戻ってきてしまった。
(・ファミサポと一時保育の登録場所が違っていて、それぞれ別々の親子ひろばに直接行く必要がある。産後病気で出られない人にはかなり使いづらい。
・ファミサポはヘルプが必要な人が助けてもらう制度なので、インターネット登録とかにしてほしい。一度行かなきゃいけないというのは酷。
・一時保育も1ヶ月前までに申し込みだけのためにわざわざ行くか、faxを出さなきゃいけない。スマホ申込みできるようにしてほしい・・・。)
先週までは調子がよかったので、ペインクリニックも2週間あいだを空けていた。
まだ、無理できないなと実感。
しばらくは近くの児童館に行くしかない。
とはいえ、生後6ヶ月頃から後追いがすごい。トイレもキッチンもひたすら私にくっついてないと、ぎゃんぎゃん泣く。
こんな状態なので、息子のことは愛らしくて仕方がないものの、24時間一緒に家にいると、気が滅入ってしまう。
ベビーカーなら比較的楽に動けるが、バスの乗降が難しい(段差があるので)。
あと、今の体の状態で6kgのベビーカーを折りたたんで持ち、10kgの息子を抱っこしてさらにたくさんの荷物を詰めたマザーズバッグを持って乗るのは、さすがに無理がある。
駅まで歩くと30分かかってしまうので、今のところ抱っこひもでバスに乗るしかないけれど、それが厳しい。
抱っこひもの日は、会陰から坐骨、仙骨付近に横、縦に強い痛みがくる。
自宅がちょうど市と市の間にあるため、赤ちゃんと出かけられる保育園やコミュニティセンターが遠い。
しかし、まだ児童館が自宅から徒歩5分の場所にあってよかった。
息子と出かけたいところがたくさんある。
薬を飲みながら付き合っていくしかないのか。
本当に、早くすっきり治したい。
児童館に行っても1歳以上の子が多く、0歳児のお母さんに出会う機会がほとんどない。
リアルな情報交換とか赤ちゃんとの親子遊びの場が近くにあるといいのに。。。
いっそ、自宅のリビングを開放して0歳児むけプレイルームにしようかと検討中。
ニーズあるといいけれど。
後の腰痛・下肢痛闘病記 14. 結局の原因、痛みと付き合っていく覚悟。
ペインクリニックに通い始めて2ヶ月。
相変わらず夕方になると、会陰部~縦に仙骨、横に坐骨のラインが痛む。
(今まで恥骨痛だと思っていたのは、会陰部の神経痛だったらしい。痛いわけだ。。)
でも午前中は調子がいいし、10割まで戻ることはない。距離としても15分~20分ぐらいは、痛みなく歩けるようになっている。何より日常生活を送れるようになったことで、精神的にも楽になった。
治療としては腰椎のブロック注射に慣れてしまったのか、効きが悪くなってきたので、仙骨ブロックを打ってもらった。この仙骨ブロック、整形外科で打つのと麻酔科で打つのとでは手技が違うらしく、打ってもらった瞬間、仙骨~坐骨まで一気にずしんと響く。
これは効きそうだ、というかんじ。
実際、仙骨ブロックの後2~3時間ぐらいは仙骨~座骨が麻痺して痛みを全く感じなかった。
でも、当日の夜にやっぱり痛みが戻ってきた。
だめか・・・。
私の体にはやはり、局所麻酔薬の点滴が合っているのかもしれない。
ということで、キシロカインという麻酔薬を取り寄せて頂き、地元で行っていたのと同じ点滴治療を続けてみることに。
結局、仙骨、坐骨、会陰部の痛みの原因は何だったのか?
おそらく地元の麻酔科の先生が言っていたように、出産時の会陰裂傷もしくは縫合時に会陰~仙骨、坐骨の神経をやられてしまったというのが正確なようだ。
会陰~仙骨、坐骨のラインが全部つながっている感じで痛むし、ヘルニアも仙腸関節炎も、部位と痛みの種類も違うということだったし。
産院で助産師さんに何度も、傷口が大丈夫か聞かれたのも気になっていた。
会陰部からの神経は仙骨に密集しているという、今のペインクリニックの先生の説明も納得できる。
だから今は麻酔科の先生の所見を信じて治療を続けることにしている。
この闘病記は息子が寝たあと、スマホからメモ代わりに投稿していた。最初の頃は痛みからのストレス発散だった。だからかなり病んでるけど・・・・
ピーク時の大木や包丁が突き刺さるような激痛、治らないかもしれない不安の日々は、きつかったけど、今思うと、たくさんのことを教えてくれたのかもしれない。そう思えるまでには回復してきた。
2月からここまで来て、この痛みとも気長に付き合っていく覚悟ができてきた。
近所の子育て世代の方とも知り合いになれて、いろいろ助けてもらって、こちらでも有難い日々を送らせてもらっている。
今日は、地域の離乳食講習に初めて参加した。
今まで体調から初期、中期の回に行けなかったので、最終ステップの講習会。
抱っこひもだったので杖をついていると、講習会後にあるお母さんから声をかけられた。
その方は出産で股関節がおかしくなり、治る見込みが立たないので、これから市役所に手帳をもらいにいくところだという。障がい者手帳のことだろうか。
出産からの神経障害は珍しいケースなのかもしれないけれど、もしかしたら、似たような状況の方もいるかもしれないので、治るまでこの闘病記は細々と続けていこうと思います。
私自身、痛みがピークの時は、情報がほしくてたまらなかったので。
誰かの参考情報になることを祈りつつ。
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宣伝。
今の自分にできる範囲のことをと思い、9月から、ご近所のスタート期のお母さん達が一息つく場として、ささやかながら0歳児むけのベビールームを始めています。
(もしご近所にお住まいの0歳児のお母さんがいらっしゃいましたら、ご案内下さい。)
0歳児の遊び場がなかなか少ないのと、私自身、初めての育児に孤独を感じることもあったので。
地域のお母さん同士が気軽に話せる場がつくれたらいいなと思ってます。
産後の腰痛・下肢痛闘病記 15. その後の調子、治療の備忘録
あれから、ペインクリニックに2回通った。
1回目はキシロカインの点滴を打ち、2回目は腰椎ブロックを打った。
キシロカインの点滴は、地元の病院で打っていたときはかなり効いていた気がするが、こちらで打った方は効果がなかった。以前打っていた量は、こちらのクリニックで最初に打つには量が多すぎるとのことで、半分の量だったからかも。
キシロカイン点滴は一時期流行ったけれど、効く人が少ないから今では学会でもほとんど取り上げられないらしい・・・。「効果が出るとはあまり思えないし、やる人いないから会計のしかたも悩むところだしオススメできる治療方法でもない」とのこと。
じゃあ効果なければ、次回から腰椎ブロックに戻して下さいと頼んだ。
それで、2週間後に腰椎ブロックを打ってもらった。
やらないよりはマシかな・・・?ぐらい。打った後一週間ほどは少し調子がいい感じも、しなくもない。。ってかんじ。
そしてやはり夕方から夜になると、会陰~太ももの後ろ側の付け根を、お尻から切り離されるような痛みが出る。
2月から一番痛い時の、4~5割ぐらい。
4~5割ぐらいになると、うつぶせか横になるしかない。
15分以上立っていたり、歩いたりしても同じ痛みが出てくる。
お医者さんいわく、おそらく会陰裂傷の表面的な傷のみではなく、出産で骨盤が広がる時に仙骨から下半身までのびている神経が骨盤の動きに合わせてぐわっと広がるかたちになり、それに加えて会陰周りにある細い神経がぶちぶちっとやられたことが影響したんだろう、という話。骨盤の模型をもとに説明してくれて、なるほどと納得がいく。
頭が大きかったので、帝王切開にするか普通分娩にするかぎりぎりのところだったんじゃないか、とのこと。
産院ではとくにそんな話はなかったけど。
今の息子はつかまり立ちから、10秒ぐらい立ったり、2~3歩歩くようになった。
これから駆け回るようになると、今の状態だと一緒に追いかける自信がない。
ただ、8月のメモを見返してみると、9か月を過ぎたあたりから子育ては少しずつ楽になってきた。
可愛さもどんどん増していく。
体の痛みはまだまだあるけど、息子と過ごす毎日は楽しい。
周りの子に比べたら甘えん坊なのか?私からしがみついて離れないこともあるけど、だいぶ1人遊びもできるようになってきた。
まだ話さないけれど、最近はお互いにコミュニケーションがとれる感じがある。
笑ったり、泣いたり、怒ったり。赤ちゃんは表現が豊かだなぁ。
8月の日記メモ↓
.....
台所行くとぎゃん泣き、足にしがみついて離れないどんどん声大きくなる。
赤ちゃんせんべいあげながら離乳食あっためながら、ようやく一品つくる。1600
離乳食用のいすに座ると暴れる、椅子から開放してテレビつけて機嫌見はからってひとさじずつあげる。1630
1人遊んでくれてる時はチャンス、でも会陰~坐骨の痛みでうつ伏せ姿勢から動けない。
.....
↑ 病んでたなぁ。
産後の腰痛・下肢痛闘病記 16. 出産して1年。
息子が先週、1歳になった。
1年前の出産の日。
明け方4:45頃に陣痛が始まり16時間。夜19:45、無事に出てきてくれた。
クリスマスイブの日に退院して、一緒に連れて帰ってきたことも、この先毎年思い出すだろうと思う。
今では走り回り、転び、何でも右の耳に当てては、「もしもし」のマネをする。サイフが大好きで中身を全部出す。
頂いた服でおめかしをして、児童館でお誕生会をしてもらった。
生まれて初めて、人のためのバースデイケーキを作った。楽しかった。
1歳が食べられるホットケーキ。生クリームの代わりにヨーグルト、イチゴとバナナ、0歳ビスケット。ロウソクは近所の方が貸してくれた。
おめでとう。
生まれてきてくれて、ありがとう。
この1年は、自分にとっても長くて濃い1年だった。
今も痛み止めは手離せないけど、11月に入ってから、杖を持たずに出歩くのも少しずつ不安がなくなってきた。
産後2ヶ月目から始まった、痛みで動けない闘病の日々。実家の庭にまっすぐ生えてるハナミズキを見ながら、寝たまま授乳した4ヶ月間。母にご飯を作ってもらい、父に息子を風呂に入れてもらった。
苦しくてしかたなかったはずなのに、過ぎてみれば温かい思い出が先に浮かぶ。
7ヶ月目から本格的に始まった、夫婦2人での子育て。
睡眠不足、体調も万全ではない母1年目の自分が、0歳児と部屋で2人きりで約13時間を過ごす。
外の空気がほしくなるが、産後順調に体調が回復しない場合、0歳を連れて安心して行ける場所が近くになかった。
児童館で聞くと同じ気持ちのお母さんが沢山いた。
場所なら使ってもらえるし、うちも同月齢の子に遊びに来てもらえるのはありがたいと、いてもたってもで自宅でほそぼそとベビールームを始めた。
産後心身がつらい時期を過ごしてきたお母さんと赤ちゃんが、少しでもリラックスしながら過ごせる手伝いをできないか。
ベビーマッサージを教えている近所の先生の門を叩いた。
8月から週に1度出張授業を受け始め、息子が寝た時間に勉強と練習。 今週頭、無事に試験を受けることができた。
女性の年齢階級別労働力率、いわゆるM字カーブの谷底にいる人が子育てしながら収入を得られるようにとの狙いから始まった資格制度。
大企業ならともかく、産後の制度が整っていない企業もまだ多い。仮に職場にとどまれたとして、実家などのサポートが得られず保育園にも入れなければ、復職の道は閉ざされる。
近年流行りの「プチ起業」が女性の非正規雇用を助長しているというような記事を最近見かけた。
体調、息子のこと、保育園etc
最初の数年はエンジン全開には行かないだろう。
夫のすねを齧らせてもらいながら、5年後にはきちんと稼ぐようになっていたい。
妊娠、出産、子育てで一度仕事を中断したお母さんたちが、気軽に産後の体調のことやキャリアのことを話せるような場作りにも挑戦したいと思っている。
たぶん出産で体を壊さなければ、地域の中で人とつながりながら働くという考えにも及ばなかっただろうし、人生、何が起こるかわからない。
体調、時間、行動範囲。
皮肉にも、リソースが限られると人間シンプルに動くしかなくなるのだと知った。
真剣に思いを伝えると、周りの人が助けてくれることも知った。感謝しかない。
1年半前に頭だけで事業プランを練っていた頃の自分に会ったら、喝を入れるだろう。
産前までの自分自身の価値観にも苦しめられた1年だった。
子を持つ女性が経済活動で戦力外になってしまうという、偏見を内面化した焦りのような気持ちが、ずいぶんと自分自身の首を絞めていたと思う。今思うと顔から火を吹くほど恥ずかしい。
振り返ると種まきの半年間だった。
1歳になった息子と一緒に、2015年を小さな芽を出せるような年にしたいと思う。
産後の腰痛・下肢痛闘病記 17. 産後初、1人で電車に乗った話
先日、友人の結婚式に出かけた。
出産後、一人で電車に乗るのは初めて。
途中で痛みがやってくると困るので、まだ子連れで電車とバスに乗ったことがなかった。
10年以上、乗り慣れた電車なのに、久しぶりに乗ると何だか不思議な感じがした。
お守り代わりに、久しぶりに杖を持参。
(今までの人生で杖をつくということを想像したことがなかったが、この1本の棒があるだけで、身体への負担が軽くなるだけでなく、持っていることでの安心感もすごい。つえ、さまさま。
マタニティマークと一緒で、自分が杖を持ち始めてから、杖を持っている人がやたらと目につくようになった。そうやってみると杖人口って結構多い。
ちなみに、私の場合はベビーカーも杖の代わりになるので重宝している。)
最近の身体の調子は、12月頃からあまり目立った変化がないが、少しずつよくなってきているのを感じる。
すくなくとも、ピークは越した。
動ける範囲と時間も、格段に広がった。
ベビーカーを押して、デパートで買い物をすることもできるようになった。
息子を連れて、痛む時間を気にせず出かけられるようになるのが夢だったので、本当に嬉しい。
会陰から坐骨、会陰から仙骨の痛みが日中に出ることはなくなってきたし、特に、朝はまったく痛みがなくなった。
夕方〜夜にかけて調子が悪い時は、昨年の最高に痛い時と比較しても4割ぐらいの痛み。
4割になると立っていられないけれど、調子がいい時には、なんとか立っていられるぐらいにはなってきた。
痛みの感覚としては、最近では1番痛いときでも、太ももの付け根にカッターナイフが突き刺さっているぐらいの感じ。
昨年の、大木とか包丁が内側から突き刺さっている感じの頃に比べたら、かなり可愛い痛みに。
子どもは走り回るようになり、目が離せないけれど、無理をせずに、身の回りのことをこつこつやっていこうと思う。
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このブログを見てくださったみなさまから沢山のメールやコメントを頂戴しました。
出産に伴う神経障害が決して珍しいことではないということを知り、とても励みになりました。ありがとうございます。
病院に行っても原因がわからず、皆さんと同じように子どもが寝たときにインターネットで調べても事例が出てこない状況に絶望していましたが、
私の場合、10件目の病院でようやく、原因を調べようとしてくれるお医者さんに出会い今に至ります。
(たまたまかもしれませんが、初めて原因を突き止めてくれた医師は女性の方でした。)
今回自分が患者になって初めて、出産のメカニズムや、出産後の身体の仕組みに詳しいお医者様が少ないことを目の当たりにし、愕然としました。
出産に伴う神経障害について、産後の母同士でもっと情報交換できる場を今年中に作れたらいいなと思ってます。
今後ともよろしくお願いします。
産後の腰痛・下肢痛闘病記 18. だいぶ出かけられるように。
今日は午前中、大沢にある親子のフリースペースつぎあてポッケに伺ってきました。
なんと40年以上も前から活動しているNPO法人「子ども生活・ゆめこうば」が、三鷹市の子育て支援室の受託事業として運営しているフリースペースです。
去年からずっと気になっていたのですが、少し遠く、産後の体調が戻ってから一度行ってみたい!
と思っていたので、念願かなって嬉しいです。
「親子でくつろげる場として、また、子育て中のママ同士の交流の場として使用されている。
一時預かりも行なっており、生後6か月以上を目安として、理由の如何を問わず、子育て経験豊富なスタッフに1時間単位で子どもを預けることができる。」とのこと。(itoto 三鷹市大沢 HPより)
1歳2ヶ月の息子と一緒に、今後のベビールーム運営の参考のためと、一時預かりの登録とで、見学させて頂きました。
※一時預かり登録の方は責任者の方がいらっしゃる曜日にしか受け付けていないそうです。
乳幼児のお子さんたちに混ざって、息子も楽しそうにはしゃいでました。
そして午後からは、三鷹社協の「地域の居場所づくり入門」の第2回講座に参加してきました。
例によって息子が会議室の中を歩き回ったけれど、スタッフの方と皆さまのご協力あって、気持ちよく参加させて頂くことができたこと、本当に有難かったです。
今日のテーマは、「地域にどんな居場所があったらよいか?」というもの。
超アクティブなシニアの皆さまと一緒にグループワークをさせて頂いたのは、得難い経験でした。
「世代間交流」というキーワードが沢山出てきていたので、ここから新たなつながりが生まれるといいなぁ・・・と思います。
何事も1人でやろうとするんじゃなく、世代も性別もさまざまな方と一緒に産後の居場所をつくっていきたい。
一番学んだのは、自分の都合だけじゃなくて、他の方々のニーズをしっかりと知ること。
「自分が作りたい場所!」だけじゃなくて。他の世代の人が何を求めているのか。他にやりたいことがある方と、どうコラボしていくのか。
簡単なことではないけれど、むずかしく考える必要もないのかもしれない。そんな回でした。
また、自宅開放型の地域サロンを開催されている方も思ったより多くて、参考になります。
(や、うちは自宅といっても賃貸ですが・・笑)
次回以降はいよいよ、実際に開催されている「居場所」への訪問見学。
楽しみです。
2月の中旬頃から、身体の調子がまた少し、よくなってきているのを感じます。
今日のように一日出かけた日でも、一番痛い時で2~3割。 また、1段階あがった感じ。
子どもを連れて自由に行動できることが、こんなにも貴重で嬉しいものなのだと、産後初めて知りました。
大げさだけど「生きてる」という感じ。
息子と一緒に基盤づくりの1年にできるよう、少しずつがんばります。
産後の腰痛・下肢痛闘病記 19. 久しぶりの経過報告
先週末は久しぶりに2日間とも夫が休みだったので、家族で水族館に行ってきました。
2月に入ってから調子がよく、痛みもピーク時の1割ぐらいになっていたのが、3~4割ほどに戻ってきてしまい、ちょっと無理して歩きすぎたなと反省。約1か月ぶりに薬を飲みました。
それでも産後1年2ヶ月経ってようやく日常生活を送れるまでになり、ひとまずホッとしています。
いつも書き忘れていたけれど、いまだに毎日トコちゃんベルト2を着用しています。
なぜか、これを着けていると痛みが発生しにくく、着けていない日は必ず痛みがやってきます。(何の関係なのか。謎)
産後の様子を書き始めてから、出産後の神経障害に1人で悩んでいる方が少なくないことを知りました。
情報交換をする場をオンライン上でつくろうと思い、2015年4月1日の公開を目指してます。
出産にともなう神経障害について、ブログに記載していない詳細や、専門の方に調査頂いている内容などについても、私も出来る限りシェアできればと考えています。
すべて初の試みですが、レアなケースとして産後激痛のなかじっと耐えながら育児をするしかない、という状況に少しでも光を照らすことができないかと思ってます。
産後同じような状況にある方、治療中の方、病院を渡り歩いても原因がわからず心が折れそうだという方もいらっしゃるかと思います。
4月にこちらのブログで公開したいと思いますので、どうぞご参加下さい。
息子、水族館内を元気に走りまわってました。
昨年の今頃は、息子と一緒に外出できるようになりたい、笑顔で子育てできるようになりたい、と必死でしたが、周りの人の支えがあり、私は今ようやく笑顔で子育てできています。
産後の腰痛・下肢痛闘病記 20. 情報交換用の掲示板を作りました。
出産後の会陰~腰(座骨)等にかけての神経障害、神経損傷について情報交換する場として、こちらの掲示板をつくってみました。(使いづらい!書きづらい、などご意見お待ちしてます。)
私自身、産後2ヶ月頃から、座骨~仙骨、会陰部にかけて激痛が走り、半年になるまでほとんど横になっていないと過ごせない状況になったのがきっかけで、妊娠・出産・産後の子育てがスムーズにできることが決して当たり前ではないことを目の当たりにしました。
産院も含め、整形外科等の病院を10件ほど回り、腰椎椎間板ヘルニアによる座骨神経痛、骨盤輪不安定による仙腸関節炎、髄膜瘤、仙骨嚢腫による神経圧迫… 原因不明を含めて色々な診断がありました。
ようやく神経科にて、会陰から生じた神経障害ではないかと診断・治療を受け回復にむかっています。
自身の出産を経て、産後の身体に関する情報の少なさを間のあたりにしました。
痛みと闘うなかで、病院に行っても自分の身体の状態がわからない苦痛を初めて知りました。
私自身、痛みのピークだった昨年の4か月間、インターネットで同じ症状を探しても出てこず、誰かと痛みを分かち合いたい気持ちでいっぱいだったのをよく覚えています。
インターネット上では、産後の腰痛や、骨盤のゆがみ等に関する情報しかなく、同じ症状の方同士もっと情報交換をできる場があればよいのに・・・と思っていました。
神経をやられている場合、セルフケアだけではどうにもならないことがある。
時に、助産師指導などで一般的によいとされている産後の運動によっては、症状が悪化し長引いてしまうことすらあることを実感しました。
女性の健康支援が、昨年法案で審議すらされずに足踏みしていたりと、女性の身体に関する医療体制が確立されていないことも課題となっているそうです。
下記ブログに産後当時の状況を綴っていたところ、思いのほか沢山の方からメールやコメントを頂き、私と同じような症状の方がいらっしゃること、今も痛みに苦しまれている方が多くいらっしゃることを知りました。
産後似たような経験をされた方、産後痛みでつらい時期を過ごされている方、症状や治療法など、どんな情報でも構いません。ぜひ経験を共有いただけたらと思います。
※ facebookページや、オンラインサロンなども考えたのですが、いずれにしてもfacebook経由となるため、デリケートな話題であることから、個人情報を特定されたくないという方もいらっしゃるかと思い、掲示板という形にしました。
「診断名がないからこその苦しみ」を少しでも緩和できればと願ってやみません。
外出できない産後の痛みについて、つらつらと。
三鷹・武蔵境の小さなベビールーム、YURURELA BABY です。
最近、私と同じような腰の痛み、体調不良で出産後半年~1年近くも出かけられなかったという方と、立て続けにお会いしました。
私にはこのことがぐうぜんとは思えず、思ったよりもたくさんの方がこのような産後の痛みに苦しんでいるのではないかと改めて感じました。
(実際、こちらの闘病記をみてたくさんの方からコメントやメールを頂きました。
あのころは痛みとの闘いに必死だったので、自分でリンクを貼るのもそろそろ恥ずかしくなってきましたが・・・ 誰かが同じような痛みと闘っているかもしれないのでまたもや貼っておきます。⇒ 産後の腰痛・下肢痛闘病記)
出産後、長期間外出しづらい、その状況で家の中で育児に向き合っている方は決してめずらしくないと思います。
調べてみると、赤ちゃんが泣きやまないけれど自分が痛みで動けないから、床を自分が這いながら抱っこしていたというエピソードも。私もそうでしたからその壮絶さが理解できます。
道を歩けば、一見、何事もなかったかのように抱っこひもで赤ちゃんを抱えて歩いているようには見えるけれど、妊娠・出産も色々、産後の体調も色々。本当に人それぞれ。
産後すぐに活動を開始できる人もいればそうではない人もいる。
妊娠・出産が命がけというのは、何も途上国に限ったことではなく、世界中で起こりうることだと、自分が経験して初めてわかることがあります。
私自身もそうだったですが、色々な人に話を聴く中で、産後に体調をくずしても「無事に出産できたんだからぜいたく言わないの!」という病院の対応も本当に多いこと。赤ちゃんが元気なのがもちろん1番ですが。
何よりお母さんが元気でないと、その後の赤ちゃんの育児に響いてしまいます。
そうであっても、「出産した後に母体に起こりうること」 に関する情報があまりにも、あまりにも少なすぎる。 「産後の症状」は外から見えにくいということもあるのかもしれません。
何ができるのか。
自分が本調子でなかったから、せめて産後の親子で一緒に過ごせる場をつくろうと思い、ベビールームをはじめてそろそろ1年。
私の体の調子もだいぶ本調子に戻りつつあります。
この1年7か月、色々な人に助けてもらいました。
今度は、産後同じような症状で「出かけられない育児」をしている方に寄り添えるような仕事をつくっていけたら、と思っています。
少なくとも、行政の産後支援にまだまだ埋められていない穴が無数にあるのは確かだということも、自分が子育てをするなかで実感している最中。
決して1人の非力な力だけでは埋まらないことだし、
最初は小さくても、自分なりの産後支援の仕事として、大切に育てていきたいです。
短期的な取組みや熱い思い、だけで終わらせないように。
先日、出産後に私とおなじような症状になったという方のところに伺ってきました
痛みで出かけるのも難しかったそうで、ブログを見てご連絡いただき、しばらくやりとりさせていただいていたのですが、先日ようやくお会いすることができました
色々な話を共有できて、よかった