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15/1/22

心の中で生き続けるということ

Image by Olia Gozha

正直いけ好かない奴だった。人を小馬鹿にしたような態度を取るのだ。クラシック音楽を偏愛し、趣味の合わない輩を認めようとしない。当時ジャズばかりを聴いていた私に、「君と音楽の話は出来ないね」などと宣いやがる。
彼は私とよく似ている。いつもコンプレックスで押しつぶされそうになっているくせに、妙なところでプライドが高い。そんな認めたくもないような弱点が、私自身にそっくりなのだ。だから悩んでいる姿を見るといつもいらいらさせられた。鏡を見ているような気持ちになったからだろう。

大学を卒業してからしばらくして、彼は家庭の事情で一人暮らしになった。学生時代よりもむしろ、この時期のつきあいが多かったように思う。毎週のように深夜のファミレスで語り合った。内容を覚えていないところをみると、当初は大したことを話していなかったに違いない。ただ彼の得意分野の話題になると、意気揚々と語っていたことは印象に残っている。

一人暮らしで暇だったのか、寂しかったのか、あるいはその両方か。今となっては知るよしもないが、週末の夜に電話を受けるのは決まって私だった。そして「しょうがねえなあ」と思いつつも、車を出していたのだ。

今にして思えば、その頃に彼は弱り始めたような気がする。職を転々とし始め、人間関係に悩み、酒におぼれていった。プライドが高い男なのに、自分の弱さをひけらかす言動が目立ち始めた。

私は会う度に苛々させられ、彼のことを容赦なく叱責していた。随分酷いことを言っていたことだろうが、週末の電話が鳴り止むことはなく、私も突き放すようなことはしなかった。いつの間にか不思議な信頼関係が出来ていたようだ。

年末のある日、いつものように誘いの電話が掛かってきた。そして私はいつものように電話口で悪態をつく。儀式のようなものだ。いつもの違ったのは、拍子抜けするほど素直な反応だったこと。

「そうだよな。押し迫っていろいろ忙しいだろうからね。それじゃ、良い年を」

それが最後の会話になる。
翌年1月3日、アパートで冷たくなっていた彼は、訪問してきた母親に発見された。

共通の友人から連絡が入ったときは、音のない霧の世界に放り込まれたような感覚だった。それから暫く大学関係者への連絡に忙殺されたが、それでも全く実感が湧かなかった。

……実は今でも実感がない。
あらゆるシチュエーションで、彼がどう感じ、どう思い、どんなコメントを発するか。私は想像力を働かせるよりも早く思い浮かぶのだ。そしてそれまで苛立ちの原因だった性格の共通項は、大事な財産に変わった。

彼の死後、我々の立場は逆転した。容赦なく叱責する役目が、私から彼に変わったのだ。いけ好かない嫌みったらしい言葉で、彼は壁に当たっている私を煽り続ける。他の人からの叱責だと右から左に受け流してしまう私だか、相手が奴だとそうはいかない。カチンと頭に血が昇り、アドレナリンが湧いてくるのが判る。奴はそれを十分に理解し、利用しているに違いない。

気持ちが弱くなると奴が来る。一人で呑んでいても奴が来る。「もうそれぐらいで止めろ」とは決して言わない。それは奴らしい台詞ではないからだ。

……やはりまだ酒を酌み交わすことがあるようだ。奴の姿がピンク色の象に変わる前に、今宵の宴を止めなくてはならない。

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