予感は、あった。
女ゆえの本能だったのかもしれない。
祈るような思いで、私は それ を見つめていた。
けれど同時に、答えを知っていたようにも、思う。
手にしていたのは、妊娠検査薬。
やがて、ウインドウにくっきり 陽性 を示すラインが浮かんだ。
どうしよう・・・
迷いながらも私は、携帯を手にした。
かける相手は一人しかいない。コールが鳴る。手が震える。
「はい」
「・・・話したいことがあるんだけど」
「どうしたの?なんかいつもと違うね」
「うん・・・」
なかなか切り出せない。彼はなんて言うのだろう。
「ねえ、どうしたのってば」
焦れたように彼が促す。
「・・・あのね、赤ちゃんが、できた」
ようやくそのひとことを口にする。
「・・・そっか」
「・・・うん。」
「ごめん、今、出先だからまたかける」
唐突に、電話は切れた。
そして、数時間後。
「さっきの話だけど」
彼からの電話。
「考えたけど、俺さ、今はふたりを養うことできないよ。だから、今回は諦めて」
さらっと、明日の予定キャンセル、のような言い方で彼が言った。
悪い夢みたいだ。
「なに、言ってるの?」
自分の声が遠くに聴こえる。
「今回は、って・・・前にもそう言ったじゃない!」
そう。彼との間にできた赤ちゃんはもうひとり、いた。
「あのとき、次は絶対に産ませてあげるからって言ったよね?約束、してくれたよね?」
「しょうがないじゃんか、こっちにも事情があるし」
苛立ったように彼が言う。
「いや!私、産みたい」
「とにかくまた電話する」
切れた電話を片手に、呆然と床に座り込む。
夢なら醒めてほしい。
私は、どこでどう間違えたのだろう。
つきあって3年。
別れたりやり直したりを繰り返しながらも
「いつかゼッタイ結婚しようね」と言ってくれていた彼を、信じていた。
違う。信じたかった、だけかもしれない。
そして、このあとの電話は全くの平行線だった。
産みたい、という私。産まないで、という彼。
どうしたらいいのか・・・。
日に日におなかの命は育ってゆく。
こんなにも産みたくて産みたくて仕方ないのに。
それでも、ひとりで産んで育てられるわけがない。
彼とのやり取りで憔悴しきった私は、中絶の手術を予約するために、産婦人科を受診した。
「おめでた、ですよ。ほら、ここにー」
医師が示したモニターには、小さな小さな黒い点が映っていた。
「赤ちゃんを包んでいる袋ですよ」
画面を見続けることができず、私はうつむいた。
「・・・私、産めないんです」
声が震えた。
医師は静かに
「そうですか、父親の方は?」と尋ねた。
黙って首を振ると
「では、同意書をお渡ししますので、手術の日を電話で予約してください。
母体に負担がかかりますから、なるべく早く。」
母体・・・
そう。この命が宿った瞬間から、私はもう母、なんだ。
視界が滲みはじめる。
医師は
「こちらは印刷しますか?」とモニターを指した。
「・・・はい。お願いします」
答えは、声になっていただろうか。
もう少しで消えてしまう赤ちゃん。
せめて、存在した命のかたちを残しておきたかった。
許されるわけではないけれど、それが自分にできる唯一のことに思えた。
決断