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ベンチ外選手がスタメンになる方法

Image by Olia Gozha

春の一大決心

階段を上がって、すぐ右にあるコーチの部屋の前で、予約表に自分の名前を書くかどうかを悩んでいた。

ある大学のラクロス部春合宿最終夜のことだ。

「話したいことがあれば、意見でも不満でもなんでも受け付けるから紙に名前書いといて。呼ぶから。」

話した内容は誰にも言わないことが約束されていた。


去年9月、左膝の内側側副靭帯(ナイソクソクフクジンタイ)を損傷して全治3ヶ月。リハビリをして12月、ようやく走れるようになった。


しかしその間、周りとの差は広まる一方だった。

自分にガッカリした。

それでもプレーができない間は試合や練習を見学して、辛いリハビリに通って、ラクロスに対する気持ちを誰よりも高めていた。


試合や練習を客観的に見ると「もっとこうしたほうがいいのに…」と自然と考えられる。怪我した人にしか分からない唯一のメリットだと実感した。


しかしライバル達が成長していくのを目の当たりにしなければならない状況は非常に悔しい。

「なんで自分だけがこんな目に」

何度も思った。

だから復帰したら、どんなキツイ練習でもトレーニングでも耐えられると思った。

でも現実はそんな甘いものじゃなかった。


アタック(攻撃的選手)としてのすばやさ、ボールをもらうタイミング、シュート力。

自分は他の選手から明らかに劣っていた。


しかも焦りから練習に対してがむしゃらすぎて、空回りをするだけだった。


2月に新チームでシーズンイン。すぐに練習試合をしたとき、なぜ自分を試合に出さないのかを、今年からコーチになったTに聞いたことがあった。


「俺は常に先のことを考えている。もしお前と下級生が同じくらいの実力だったら絶対に下級生を出す。その方が将来の為になるだろ。お前はあと一年しかできない。新4年生はそのプレッシャーの中で使えるやつしか出さない。」


悔しさで涙が止まらなかった。怪我から復帰し、大学4年生での1年間にすべてを賭けていたのに。それをすべて否定された気がした。

 

どうすればいいのかわからなくなっていた。

気付けば言われてから1ヶ月が過ぎていた。それ以来Tとまともに話していない。

こっちとしても下手なりに3年間ラクロスをやってきたというプライドはある。これ以上バカにされてたまるかという思いがあった。最後にもう一度話してみようと考えた。


勇気を出して予約表に名前を書いた。

「ふーっ」

深呼吸をしてノックする。

「どーぞ」

「失礼します」

「お、アユミだ。」

Tはニヤニヤしている。


「もう私、ダメダメですよ。どうすればいいですかねぇ。」

いきなり本題を出した。


「スタッフになって、裏からチームを支えたほうがいいのかなって最近思ってます。」

「・・・え?マジで言ってんの?」

細いTの目が急に丸くなった。

「はい。もうよくわからなくて。」

「んー・・・。俺はフレキャンのあのアユミが見たいんだけどさ。」


フレキャンとは通称で、正式にはフレッシュマンキャンプのことだ。

各大学の1年生が集まってチームを作り、合同で練習や試合をしてラクロスを楽しむ合宿だ。Tはその時全体のヘッドコーチだった。

その合宿で一番がむしゃらで声を出し、

相手チームに対してけんか腰になり、

優勝をかっさらった女子がいた。

 それは私なのだが…。


「今までで一番インパクトを受けた。」とコーチに就任した時タクヤは言っていた。

だけどそんなアユミはフレキャン以降いなくなっていた。

確実に埋もれていた。

「だってコーチになった時の初めての練習で探したもん。」

「あの熱いアユミはどうなったかなって(笑)」

「そしたら見当たらない。あれ?辞めちゃったのかなって思ったよ。」

「知らない間に自分の個性がなくなっていたんですね・・・。」


そうかもしれない。

先輩にビビって怒られないように、ミスしないようにということばかり考えて3年間やってきた気がする・・。

それじゃあ絶対に上手くなるはずがないよなぁ。


フレキャンの時は参加するのは1年生だけだし、自分より下手な子もいっぱいいたから自由に思いっきりできていたんだろうな・・・。

 

「アユミ、ディフェンスやってみない?」


Tがいきなり考えもしなかったことを、ニヤニヤして聞いてきた。

アタックを3年間やってきた者に対しての質問としては、愚問だ。


でも自分は驚かなかった。試合に出るためなら藁にもすがる思いだから。

そういう手もあるのか。なるほど・・。

アタックとして自信をなくしながらプレーをするよりも可能性がある。

なんとしても試合に出たい。

そのためにアタックとしてのプライドなんて捨ててしまおう。

やってみる価値は…大アリだ‼︎

「ディフェンスやってみます!」

「うん。おもしれぇ。明日の紅白戦、ディフェンスに入れとくから。」

Tはくくっと笑い、とても楽しそうだ。

こっちは選手生命を賭けた一大決心をしているというのに…。

でも悩みは吹っ切れた。下手なプライドを捨てて話してよかった。

問題は明日の紅白戦。自分の可能性を信じてみよう。

怖いものは何もない。

 

 

 運命の大勝負

練習の前はいつも怖がっていた。

「キャッチミスしないように」「相手のプレッシャーでボールを落とさないように」

そんなくだらないことばかり考えてプレーをしていた。

でも今日は何か違う。

そんなことを心配していた今までの自分がちっちゃいなと思える。

心を大きく持てる時ってプレーも調子がいい。何もマイナスなネガティブなことを考えずに、ただ今の状況を受け入れる、空の状態だ。

A,B,Cにチームを実力順に分け、Tが読み上げた。

「あ、アユミはCのディフェンス入って」

最後に皆に聞こえないくらいの声で、こちらを見ないでTが言った。

Tとの勝負だと感じた。

私がディフェンスだということにまだ誰も気付いていない。

いつもとまったく逆のポジションなのに。


そして紅白戦が始まった。

グラボ(グランドボール=ルーズボールのこと)争い。よし、見てろよ。周りの選手を吹っ飛ばす勢いで突っ込む。

今の私には怖いものなんてない。

ボールが良く見える。ボールが次に転がってきそうな場所を予測する。

今だ!

サクッといい感じにボールを奪った。

取った瞬間に右サイドを駆け上がる二年生のさおりが見えた。

ループ気味の頭越えのパスを出した。

後ろ向きでのキャッチは特に難しい。

あ、やべ。難しいパス出しちゃったかな。

しかしさおりは走りながらナイスキャッチ!

そのままゴール前まで運びシュートが決まる。

『おおっ!!』

ディフェンスの楽しさ、自分の可能性が一気に現れたのを感じた。

気持ちいい!私まだラクロスができる!

「ええっ!?アユミがディフェンスしてる?」

何人かが気付いたみたい。

ちょっと嬉しくなってきた。

まだまだ。もっと魅せなきゃ!

相手チームに対してもっと攻めて来いよといわんばかりだ。

グラボ争い。よしよし。ボールの出先がわかる。

ここだ!

サクッと取って駆け抜ける。

またさおりが見えた。同じパターンだが、さっきよりもいいパスをイメージして出す。

今度は点数につながらなかったが、ボールを奪ってからの攻めのイメージがなんとなく掴めた。

おもしろい・・・。

ディフェンスって攻められているときに守るだけじゃないんだ・・・。

試合が終わると皆がざわざわしていた。

Tはしめしめとした顔で満足そうだ。

ちょっと安心した。

「アユミ、ディフェンスやるの??」

結衣ちゃんが興味津々な顔で駆け寄ってきた。

「ちょっとね、試しにやってみた。タクヤと昨日話して、やってみようかって」

「タクヤが変なこと始めたと思ってびっくりしたよー」

「あはは、そうだよね。でもなんかやれそうな気がするよ」

「うん!良かったよ!あんな風にディフェンスが速攻につなげられるの、超いい!」

結衣ちゃん・・・、それは最高の誉め言葉だよ。

でもなんとか調子に乗りそうな自分を抑える。

「いやいやまだだよ。もっとやってディフェンスのスタメンになれるようにしなきゃね」

「葵、それホントギャグだね」

・・・確かに。

「昨日まで葵、アタックで攻めてたよね?(笑)」

確かにギャグだ。まぁ最初はギャグでいいや。

すぐに当たり前にしちゃえばいいんだから。

 

四年生の春は部活と就活との両立をしなければならない。

朝練出て、シャワー浴びて、リクルートスーツに着替えて、

クロス(ラクロスで使うスティック)はラクロス部の倉庫、着替えは駅のロッカーに入れて説明会へ

昼はカフェでランチしながら就活ノートと予定の詰まった手帳とにらみ合い。

午後はエントリーシートの通った会社の面接に行く。

帰宅ラッシュの電車に揺られ爆睡、帰宅する。

そしてまた次の日は朝練が六時半から・・・。

かなりハードだ。

でもそれを当たり前にしちゃえば、別に大変ではなく普通になってくる。

練習に行かなかったら逆にひとりで就活して、ストレス溜まっちゃうんじゃないかな。

練習に行ってみんなとラクロスして、ラクロスの話をしてストレスを発散させる。

ラクロスが楽しくて仕方ない。

そんな風にラクロスが楽しくて、練習が待ち遠しくなったのはディフェンスに移ってからだ。

就活で大変だけど絶対休むもんか。

むしろディフェンスの人が休んだときはラッキーって思っちゃう。

まだスタメンじゃない自分にとってはめちゃめちゃチャンスだから。

タクヤにここぞとばかりにアピールをする。

練習試合でベンチの時だって、タクヤの横で彼が何を必要としているかを聞きながら、試合を客観的に見る。

タクヤの近くでウォーミングアップをして、すぐに交代できることをアピールする。

静かに黙って試合なんて見てられない。

そんな時間は私には無い。

交代して託されたほんの少しの時間を、自分の得意技のために使って見せ付ける。

スタメンになるためのことしか考えなかった。

でもスポーツってそんなものだ。

相手を抜くためには遠慮なんてしちゃいけない。

時間のない私には、スタメンになるまでしたたかであり続けなければ、チームにいる存在価値なんてないからだ。

 

チーム練習の紅白戦で最初はBチーム、途中でAチームに交代で入る。

他校との練習試合でも途中交代でディフェンスとして入る。

試合を経験して行くうちに、だんだん自分の中でディフェンスというものが見えてきた。

今までは

ディフェンス=攻めて来る相手に対してゴールを守る

と思っていた。でもそれは間違っていた。

 

《相手のボールを積極的に奪いに行くこと》

《ボールを奪ってから攻めにつなげること》

この2つが自分のディフェンスとしてのプレースタイルだと感じ始めていた。

 

それを印象付けるプレーとして必ずやっていたプレーがあった。

インターセプトだ。

これは相手のパスをカットするもの。

別に最初から狙ってやっていたわけではない。

自然と身体が動く、無意識に。

アタックを経験していたから、攻めのパターンが読めるというのがある。

昔からサッカーが好きで、たくさんサッカーの試合を見てきたから球技独特のボールの動きがわかるというのもある。

それらのおかげで、ボールの次の行方を予測するのが他の人より早くできるのだろう。

 

一、ボールを持った敵が前から攻めてくるのが見えた瞬間、次のボールの行方を予測する。

二、パスを出せそうな敵をあらかじめ確認し、位置を把握する。

三、自分が飛びつける準備をしておき、わざとパスを出させてそこでインターセプト!

 

こんな感じでパターンは無限大だ。

相手との駆け引きだから、思い通りにパスを出させて奪った瞬間は最高だ!

気持ちいい!

毎回の練習や試合でこのプレーをするので、気付けば自他共に認める得意プレーとなっていた。

最初はギャグだと思われていたディフェンスへのコンバートは、案外あっさり浸透していた。

 

「じゃぁ今日のメンバーね」

タクヤは試合の時、さらっとアタックからスタメンを発表する。

「・・・・ディフェンスは舞ちゃん、くるみ、葵・・・ゴールキーパーはアキ」

・・・!

ディフェンスになって初めてのスタメンだ!

合宿最終日から就活中も練習を休まず、

二週間ずっとアピールしてきたから人一倍うれしい。

やったー!と心の中で最高のガッツポーズをかますが、

表面では一番落ち着いて見せ、キッと鋭く戦う目でタクヤを見つめた。

浮かれたいところだが、ここからが大事だ。

絶対にスタメンを譲るもんか。

誰よりもその思いは強い!

今日、自分はなぜスタメンになれたか。

それは自分の武器、インターセプトを期待されているからだ。

そして奪ってから速攻につなげることが自分の仕事だ。

そのことだけに従事する。

今だ!相手ボールに果敢に飛び込み奪う。

そしてすぐに中盤へパスをつなぐ。

その度ベンチから大きな声援が聞こえる。

「ヒュー!」

「ナイスインター!」

その声援がすごく心地良い。

何度も聞いていたい。

だからどんどん奪いに行く。

いいプレーが出来るたび、タクヤがどんな顔をしているか見る。

なんとしてもタクヤを納得させなきゃ。

相手との駆け引きに勝って、インターセプトをする快感、

ベンチや後輩から送られる声援、

こんな最高な空間は誰にも譲れない。

 

ディフェンス初スタメンの試合以降、紅白戦や練習試合でスタメンをはれるようになっていた。

そんな中今までスタメンだったユウカは、試合に出る回数が減るたびに、厳しい顔つきになっていった。

途中でいきなりポジションチェンジをしてきて、自分のポジションを奪っていったわけだから、ユウカの胸中を察せずにはいられない。

だが気付かないフリをしていた。気にしていたら自分がダメになる。

同じディフェンスの舞も、最初は心優しく迎えてくれていた。

しかし彼女もだんだん自分にいっぱいいっぱいになっている様子だった。

「刺激になっていいねー」

ニヤニヤとタクヤが現れた。

「何がですか?」

2月のシーズンインから今までディフェンスはポジション争いなく、舞ちゃん、ユウカ、くるみでやってきたわけじゃん?」

確かに。ディフェンスはもともと人数が少ないしな。

「そこで葵がいきなり入ってきて、ポジションを争うことになっただろ。」

「ヤバイ、やらなきゃって自然と刺激になってるんだよ。いいことだ。」

「チーム内で争いがなけりゃ、絶対に強くならないからな。仲良しラクロスなんてやってて意味ねぇし。」

「そんなやつ人間辞めちゃえよ」

出た出た!タクヤのよく言うセリ

フだ。

ポジション争いってシビアだけど、関東制覇って高い目標を立てているんだからそんなの当たり前だ。

それが嫌だったらこの組織にいちゃいけないんだ。

タクヤの話を聞いて少し気が楽になった。

桜花が勝つために、ポジション争いはより厳しいものでなければならない。

メンバーに入れず、悔しかったらはい上がるしかない。

はい上がったら振り向かず、さらに上に行かなければいけない。

すべてはチームのためなんだ。

 

チームのマネージャーは四学年で合計五名いる。

マネージャーは選手の練習を円滑にするため、氷、ドリンクを作ってくれたり

テーピングをしてくれたり、時間を計ってくれたりする。

彼女達がいないと練習がうまくできない。

ホントにありがたい存在だ。

そこに新しいスタッフというポジションを加えるとタクヤが言い出した。

一年生コーチ、アシスタントコーチ、トレーニングコーチなどだ。

プレーヤーではなくその方が自分に向いているもしくは、それで貢献したいと思っている人を募った。

最初は自分も名乗り出ようと思っていた。

でもディフェンスへのコンバートで落ち着いた。

四年生になった四月のある日、エリカから学年のメーリングリストが流れた。

「一年生コーチになります」

エリカは三年の初めに右膝前十字靭帯断裂という大怪我をして、手術をし、一年かけてリハビリをしたところだった。

ヘルニアで苦しんだ結衣ちゃんからも同じ内容のメーリスが流れた。

これには少し驚いた。というかショックだった。

一、二年の頃は二人で結構いいコンビだったから。でもキツかったみたい。

ヨウコからはアシスタントコーチになって、二年生などベンチに入れないメンバーをメインに教え、力になりたいというメーリスだった。

スタッフになるということは、選手を引退するということだ。

生半可な気持ちじゃ出来ない選択だ。

この3人も考えていたんだな。

悩んでいたのは私だけじゃなかったんだ。

そこで私のすべきことは、彼女達の一大決心を無駄にしないように、覚悟を持って一日一日を過ごし、努力し、勝利という結果を残すことだ。

自分のためじゃなく、彼女達のためにラクロスをしよう。

自分のためじゃなく、誰かのためと思うと今までと違う力が湧いてくる。

 

練習が終わり、レイカとゴールを片付けていると

「昨日一年生二十人と話しててさ・・・」

タクヤがクロスの紐を結びながら話しかけてきた。

「一番うまくて憧れている先輩って誰?って聞いてみたらさ」

タクヤはいつものように手で口を押さえながらもったいぶるようにくくっと笑った。

なに?翠子か神田かな?

「・・・ほとんどのヤツが葵さんって言うんだぜ」

うそでしょ?またまた。

「それは無いですよー」

苦笑いをしながら返す。

「いやいやマジで。フツーさアタックとかの点数たくさん取る人がうまく見えるじゃん?」

うんうん。だから翠子とか神田とかいるじゃん。

「それが葵さんのパスカットはヤバイって目ぇ光らせてんの」

「葵すごいじゃーん」

「それは奇跡ですね」

自分が誉められたときの対応がわからない。だって慣れてないんだもん。

「かっこいいとか写真集作りたいとか言ってたぜ」

いやいやいや。駄目でしょそれは。(笑)

「一年生の視点すごいですね」

パスカットヤバイって・・・。よく見てるなぁ、ホントに。

「一年生は葵が3年間アタックだったなんて知らないもんなー。ディフェンスに移ってホントに正解だったな」

「ホントよかったって思いますよ。タクヤさんにきっかけ作っていただいて感謝してます。」

そうじゃなきゃ今ここでプレーヤーしてないもん。

「ポジションって勝手に決め付けちゃいけないもんだなー」

タクヤは改めて自分の選択に満足しているようだった。

なんか信じられなかった。こんな気持ちになるのは初めてだった。自分のしたことで誰かに影響を与えたいって思っていたけどそんな機会全くなかったから。

こうなったらとことんやるっきゃないな。がっかりされないようずっとあこがれの先輩でいなきゃ。

 

二、三年生のときは、先輩に合わせて怒られないように、ミスしないようにって気持ちでプレーしていた。

三年の怪我から復帰してからは「自分が自分が」って自分のことしか考えていなかった。

「自分が試合に出て勝てばそれでいい」って思っていた。

でもどん底に落ちて、ポジションチェンジして途中から出られるようになって、試合中のこの一分、一秒が本当に貴重でありがたいと感じるようになった。

スタメンになってからは「このグラウンドに立てているのは、家族、コーチ、ベンチメンバー、応援席のメンバー、OG、トレーナーの先生方のおかげなんだ」と毎試合思うようになった。

支えてくれている人たちのことを思って試合に臨むようになった。

むしろそれが当たり前なんだと思う。

そう思うことで自分のために頑張るより百倍頑張れる気がした。

そんな中、今年度初めての公式戦を明日に控えた。

いつもなら試合は六十人全員がユニホームを持ってきて、全員でウォーミングアップをする。

しかし武蔵丘戦五月二十七日の前日、タクヤからのメーリスが流れた。

「明日ユニホームを持ってくるメンバー」

ベンチ入りする二十人プラス五人が書かれていた。

当日ウォーミングアップをして調子のいいメンバーを二十五人から二十人に絞るという合理的な考えだ。

しかし六十人中三五人はユニホームを持ってこないで応援だけ。

とてつもなく残酷だ。

「これが当たり前だから」

当日の朝の集合できつめにタクヤは言う。

「俺わざとやってるからね、こういうこと。だって悔しいだろ?一年生がユニホーム着て先輩の自分が練習着で応援席なんて」

一年生は三人メンバーに入っていた。

「ここでやるかやらないかは自分次第だから。一年生なんて怖いものないからどんどん伸びるよ。一気に抜かされるって言うか、もう抜かされている人いるからね」

久々に厳しい言葉を言われ、皆危機感を覚えた。

自分も改めて気を引き締めた。

 

微妙な空気の中ウォーミングアップが始まった。

自分は自分のやれることをしようと考えていたから動揺はしてないけど。

ふとランニングで三年のシホと隣同士になった。

「私直訴したんですよ」

いきなりなんだろう?

「どうしたの?」

「いや、私メーリスで発表されたメンバーじゃないんですよ」

・・そういえばそうだったかも。

「メールに自分の名前が入ってなくて納得できなくて、タクヤさんに私も入れてくださいってお願いしたんです」

それ熱いよ!シホ。

「いいじゃんそれ!そのくらい貪欲にやるべきだよ」

「はい・・。タクヤさんも『そんなメールよこしたのはお前だけだ』って今回オッケーくれて」

「今回選ばれてなかった人たちから、なんであいつメンバーじゃないのに走ってるの?って思われているから、今もめちゃくちゃ視線感じているんですけど、別にいいんです。」

さらっとしてるけど、熱いこの子!

「いいじゃん。やるかやらないかでシホはやって行動に移しているんだから」

「タクヤさん好きだよそういうの」

「はい。自分で納得いくようなウォーミングアップしてタクヤさんに見せつけます」

シホは私より負けず嫌いかも・・・。

ランニング、ストレッチ、ブラジル体操、ダッシュ、パスキャッチ、スクエアーパス、グランドボール争い・・・

アップが終わるとみんなタクヤをちらちら見ていた。

メンバーが気になって仕方ない。

タクヤは自分のノートを見てはチェックを入れ、スタッフの結衣ちゃん、エリカ、ヨウコと話し合っていた。

「じゃあ集合」

「スタメンとベンチメンバー発表します」

わーめっちゃ緊張する・・・。

タクヤはきっとこの瞬間とか楽しんでるんだろうな。・・・なんかムカツク。

「アタック:レイカ、亜美、ウィング:神田、トミー、ミッド:ユン、ちり、綾子、リベロ:翠子、ディフェンス:舞ちゃん、くるみ、葵、ゴーリー・・アキ!」

ふー・・・良かった。毎回緊張する。

そのあとベンチに入る八人が発表された。

その中にシホの名前は無かった。

ちらっとシホに目を向けると、なんだか納得いってない顔つきだった。

納得いっていない対象が、自分なのかタクヤなのかはわからないが。

「メンバー発表ってこんなにシビアなんだよ。わかった?」

タクヤが真面目に話し始めた。

「メールに名前が無くて、直訴してユニホームを持ってくるヤツもいて、そいつの気持ちは好きだし行動にもちゃんと移してていいと思ったよ。ただ、全員そういった行動を取れって言いたいんじゃない。試合に出たいのなら自分で考えて、人とは違う行動を取れって言ってんだ」

「逆に試合に出るヤツは、こんな大勢を踏み台にして試合に出てるんだって事を感じろよ」

もちろん。

試合に出たくてしょうがない悔しさはたくさん味わっている。

そういう気持ちを持っている子たちの思いは手に取るようにわかる。

ついこの間までそうだったから。

だからグラウンドインするときは応援席を見て、

「みんなのために自分がやるぞ」って思う。

綾子と目が合った。

綾子は初スタメンだった。

「やったじゃん頑張ろうね!」

ポンっと肩を叩くと綾子は笑顔で抱きついてきた。

「葵、頑張ろうね!!」

嬉しさと緊張が伝わってきた。

レイカと目を合わす。

「とりあえず3点決めてきてね」

冗談ではないことを冗談っぽく言った。

「うん!葵がインターセプトしたらパスもらいに行くから!」

試合が始まる前のこの瞬間が好きだ。

緊張と楽しみが入り混じっている。

それぞれがポジションに散る。

ボールが高く上がって試合が開始した。

 

スロースターターでなかなか先制点が取れなかったが、タクヤの喝が出てからは得点ラッシュだった。

今シーズン初めての公式戦である武蔵丘戦は、結局十二対一の圧勝だった。

しかし自分はその一失点だけに本当に悔いが残っていた。

足の速い相手に対して、ディフェンスの自分は足を止めて待ち構えてしまった。

一瞬でスカッと抜かれそのまま得点されてしまったのだ。

相手のスピードを落とすのが最善策だったことをわかっていながらも、真正面で足を止めてしまっていた。抜かれながら自分のミスを嘆いていた。

「ホントごめん!」

アキ、くるみ、舞に謝った。もう二度としない。

あー、もう何やってんだよ自分。最悪。

「葵、何暗くなってんの?」

タクヤが冷たく話しかけてきた。

「無失点で抑えてやろうなんてふざけたこと考えてたのかよ?」

ん?無失点で抑えることが、何か間違ってるの?

「失点なんて想定内なんだからいちいち気にしてんじゃねーよ。リスクを負ってまで相手にプレッシャーを与えてボールを奪いに行ってるんだ。抜かれて失点なんて当たり前なんだよ。だからウチの戦術は、その失点に勝る大量得点を取らなきゃいけない。ディフェンスは点数取られてもいいからどんどん奪いにいけ!そんでマイボールにして、速攻につなげる。大量得点を狙っていくんだ。抜かれることビビッてたらAOIになれないじゃん。」

「・・・そうですね。んー、自分の失敗に囚われちゃったんですよね。なんであの時足止めたんだ?かっこ悪いって。」

「抜かれてかっこ悪くたっていいじゃん。その代わり次にインターセプトして、得点につながったら百倍かっこいいよ。ガンガン前行け。」

そうだ。そうしよう。誰も私のディフェンス力なんて期待していないはずだし。ガツガツ当たりに行って、ボールを奪って前へ行くのがAOIの仕事だ。

一回抜かれたことを気にしていたらずっと前へ進めない。もう抜かれたことは過去のことでどうしようもない。それを次に活かしていこう。

この一回の反省で自分のポジショニングの悪さがハッキリとわかった。ビデオでも目をふさぎたくなるような立ち居地だ。これがリーグ戦じゃなくて良かった。失敗は次にどんどん活かせるんだ。

 

群馬県嬬恋村

キャベツ畑が一面に広がる中にポツンとある天然芝のグラウンド二面。

そこが夏合宿の練習場所だった。

一面は一年生のために貸すという、今までにない贅沢さだ。

タクヤは十九歳以下日本代表の監督でもあり、その遠征のため来ておらず、自分達ですべてを決めなければならなかった。

リーグ戦間近でとても不安だったが、仕方がなかった。

これをみんな受け入れて自律しようと必死にメニューを考えた。

ディフェンスのフォーメーション・・・『ライド』をなんとか完成させようとした。

簡単に言うとオールコートのゾーンプレスだ。

ボーラーに対し二人でプレッシャーを与えて、視野と思考を奪ってしまう。そこで混乱したボーラーの出す甘いパスをインターセプトする戦術だ。

形には何とかなってきた。

そんな中、慢性的な腰痛に悩まされていた自分は休みがちになっていた。

無理して出ようとするとトレーナーの先生方に怒られてしまう。

「葵はチームにとって大事な選手なんだから、今無理されたらチームが困るんだよ」

そんなありがたいお言葉、生まれてこの方言われたことがなかった。

練習できない自分に腹が立った。

仕方なくライドの練習は自分がグラウンドの上から見て、修正すべき点をメガホンや携帯電話を使ってマネージャーへ伝え、選手達に指示を出す。

客観的に見ると実際プレーしているときには感じることの出来ないことを発見できていい勉強になる。

もう一秒早く判断できて追いつける、前の選手ともっと連動して奪える。

メガホンでその旨を伝えるため叫ぶが、すべて自分に対して言っているような気がした。

同じく怪我をしていて練習を見学している沙耶に「一緒に見て教えてください!」

と言われかなり戸惑っている自分がいた。

でも自分なりに一生懸命話す。説明できて初めて理解できると思うから。

いつもはプレーで後輩に示してきた。

でもちゃんと説明できるようにならなきゃかっこ悪いな。

四年としての責任を感じた。引退するまでに後輩に知識を落として行かなきゃ。

 

世界大会のため、タクヤが夏合宿にいなかったわけだが

二年生のアキは十九歳以下の代表の最終選考で落ち、世界大会には行けず桜花大学の夏合宿に参加していた。

やっぱりテンションはかなり低いようだ。

葵はディフェンスになってから四ヶ月が経ったが、代表候補だったゴーリーのアキとはそんなに関わりがなかった。

まだそんなに彼女のことをつかめていなかった。

合宿で昼食の時にたまたま隣がアキで目の前が神田ということがあった。

二人は前々から仲が良く、どんな様子かうかがっていた。

ふと自分が会話に入ると、これが巧い具合に話が合う!

「葵さんって面白い人なんすね!」

アキから言われた衝撃的な言葉。

この日から彼女とは気の合う親友となった。

一緒にディフェンスについて考えたり、どうすれば守りやすいとかプレー中に確認しあったり。

悩んだときはメールしたり電話したり語ったり。

ゴーリーは《ゴールを守っている選手》・・・ではなく、

ゴーリーは《ディフェンスの最終ライン》という概念が自分の中で生まれたのもこの頃だ。

というかアキのプレーを見てそう感じた。

一緒に試合を経験し、更によく話し合っているからお互いの得意、不得意がわかる。

だから自分が自然と何をすべきががわかる。

ディフェンスはゴーリーを含む四人が、お互いどんなプレーをするかわかっていなければいけない。

くるみとアキが後ろでバランスを取りながら指示をしてくれる。

舞がボールマンにプレッシャーをかけてくれる。

だから自分は思いっきりインターセプトにいける。

この四人の信頼関係によって初めてディフェンスが成功する。

この信頼関係は話し合うことと、試合経験を積むことによって構築される。

ディフェンスは個人プレーでの成功はほとんどない。

そして四人でボールを奪うから、嬉しさも四倍になる。

 

夏合宿最終夜、恒例のバーベキューだ。

焼肉、野菜、おにぎり、スイカ・・・

みんなかなり気合を入れて食す。

焼肉をあまり食べない自分も周りの雰囲気にノッて食べまくる。

席が学年ごとに分かれていたので、ここで交流を深めるチャンスだと感じてレイカと一年生のテーブルにお邪魔した。

テーブルに着くと「キャー」とか「ワー」とか喜んでくれるのがまたうれしい。

自分が一年生の時なんて四年生と喋るだけでも緊張してたのを思い出す。

でもそんなのイヤだと自分が四年になってから思っていた。

もっとみんなフレンドリーに学年関係なくチームメイトとして関わりたかったから。

「写真撮ろうよ!」

とカメラを出すと必死に映ろうとする子がいた。

マリエだ。

「マリエ入んないでよー」

他の一年生が邪魔をしている。

「なんで?入りなよ。」

「あの子気持ち悪いぐらい葵さんのファンなんですよー」

「あはは、そーなの?」

そんな話は何人からか聞いていたが冗談だと思っていた。

そういえば自分も憧れの先輩と写真を撮ってもらって嬉しかったな・・・。

「じゃ、マリエとツーショット撮るよ」

そう言ってマリエの隣へ行くとみんなが大騒ぎになった。

マリエも口に手を当てて赤面している。

「ハイチーズ!」

写真を撮ってもらったら他のカメラでも撮られまくった。

そんな状況の自分がおもしろい。ついこの間まで試合に出ていない落ちこぼれの四年生だったのに。

急に私の前に現れたファンだというマリエ。

一年生である彼女がリーグ戦中、

私を苦しめる最大のライバルになるとは、誰が予想できただろう。

 

リーグ戦初戦を三日後に控えた。

ここ最近気持ちが揺れている。

四年生で初めてリーグ戦のレギュラーとして出る予定の自分に不安だ。

練習中、ボールをゴール裏でキープし、攻めあぐねているところにトミー(富井)がしつこくプレッシャーをかけてきた。

それに負けじと逃げながらも肩でぶつかり返す。

するとトミーは得意の俊足で追いかけ、その勢いで思いっきり私を押し返した。

自分の力では抑えきれずラインの外に派手に吹っ飛んだ。

びっくりしたのと痛かったので三秒ほど放心して倒れたままいた。

すぐに謝りにくると思ったがそれはなかった。

カチン、ときた。

倒れたままトミーをにらみつけた。

トミーは悪びれる様子もなくこっちに来ようとしない。

周りがざわざわし始め、空気が悪くなっていた。

「ちょっとなんか言うことないの?」

と言おうと思った瞬間、

「あれぇ、大丈夫?フレキャンの熱いAOIになっちゃうんじゃないのー?」

周りの雰囲気がやばいと思ったのか、タクヤが大げさに茶化した。

みんな少し笑う程度でその場は治まった様子だった。

怒りでクロスを叩きつけようとしたが必死に抑えていた。

すると神田とアキが走って体を起こしに来た。

「大丈夫ですか??」

体中に付いた土を払ってくれた。

「ひどいですよね。」

神田がぼそっと苦笑いしながら自分の気持ちを察してくれていた。

「まじありえない。」

自分も必死に苦笑いしてみせた。

何人かの後輩達も土を払ってくれていた。

「ありがとう、ごめんね。」

自分を落ち着かせるのに必死だ。

アキはトミーをにらみながら

「謝れよ、マジで。」

と半ギレしていた。

後輩達のカバーですごく救われた気がした。

でもリーグ戦初戦三日前に、同学年が怪我をさせるようなプレーをすることに腹が立ち、更に何も謝りにこない態度にイラっとし、同学年が誰もフォローしてくれなかったことを嘆いた。

「あぁー、もぉーっ!!」

我慢ならず、ひとりでグラウンドの隅でクロスを叩きつけた。

悔しさで放心したまま、ストレッチの時間に遅れて行くとアキが待ち構えていた。

「だーいじょぶでーすよっ。葵さん悪くないんすからー!」

肩を組んでなだめてくれた。

後輩に慰められている自分がかっこ悪くて泣けた。

練習後、学生ホールでいつも話したり、昼食を食べたりするが、まったくそんな気になれない。

練習で起きたことなんてみんな忘れている。

ボーっとしていると二年生たちがホールにやってきた。

周りを構わず、アキを連れて外に出た。

「んもー、どーしたんですかぁ?」

慰められながら階段に座った。

しゃべり始めると涙が止まらなかった。

「ごめんね。アキは後輩なのに。かっこ悪いな自分。」

「いいんですよ。うちらメンタル弱じゃないですか!」

「不満も弱音も言ってください。」

トミーのプレーと態度への不満、そして同期がフォローしてくれなかったことに対する愚痴をこぼした。

「でもそれって後輩にすごく信頼されているってことっすよ!」

「じゃなかったら葵さんのところに駆けつけませんて!!」

「そーなのかなー。しかも試合めっちゃ緊張してるし、今気持ちが不安定なんだよね」

「大丈夫ですよ!一緒にがんばりましょ!」

少し落ち着けた。アキは後輩じゃなく同じ気持ちを持った同志だと感じた。

ホールにいる同学年は気持ちが弱ってる私に全く気付いていない。

そんなの当たり前かもしれないけど、それがホントに悲しかった。

プレーヤーではない、客観的に見られるスタッフのエリカに話してみようと思った。

普段の授業でも一緒の彼女にはよく悩みなどを話していた。

エリカがトレーニングルームにいると聞き、急いで泣きそうになりながら向かった。

部屋に入ると主将のちりとエリカがいた。

「ちょっと待ったちょっと待ったぁ。どーしたどーしたぁ?」

泣きそうな顔の私を見た我らが主将のちりが半分笑いながら、なだめるようにそばに来た。

「ごめん。なんか情緒不安定で・・・。」

「うんまぁ、今日見ててわかったけどね。」

そして今までの状況をすべて話した。

「んー、逆に考えてみなよ。後輩から信頼されてるってすごいことだと思うよ!」

「いいじゃん!そんなこと話せる後輩なんてなかなかいないし。」

そうなのかな?

「でも葵は四年から声かけられなかったのが悲しかったんでしょ?」

「うん」

「それってさ葵だけじゃないよ、私もだし。みんなそれぞれ不安でいっぱいなんだよ。四年はみんな自分にいっぱいいっぱいで、他人のこと考えられないんじゃないかな?」

「ユウカとかもさ、『葵がディフェンスになってホントに試合出られないかもしれない、どうしよう』って悩み打ち明けてきたし。」

ユウカが?

みんな表に出してないだけで不安だらけなんだよ。ほとんどがリーグ戦初めてじゃん?」

エリカもうなずきながら自分の気持ちをわかってくれていた。

不安を持ちながらも、自分のプレーを信じて自分がやらなきゃいけないんだ。

この気持ちを乗り越えなきゃ、いい結果が出せるわけ無いんだ。

 

八月二十五日(土)八時十五分のアラームで目覚めた。

この日のことは一ヵ月前から何度もイメージして来た。

最近夜中に目覚めては眠れない日々が続いていた。無理もない。だってはじめてのリーグ戦だもん。そりゃ気付かないストレスでしっしんもできるはずだ。

ひとりだといろいろ考えてしまうので、起きてきたばかりで半分寝ている父と弟としゃべって気を紛らわせる。

すると一通のメールが来た。

かずさんからだ。

一つ上の先輩で公立中学校の先生で忙しく、なかなか会えなかったかずさん。今日、大井に駆けつけてくれる。

そして多くのOGの方々が来てくださる。それだけで緊張が百倍になってしまうが、それと同時に感謝の気持ちが込み上げてきた。

今日は応援席で同じポジションのシホからもメールが来た。ものすごく勇気が湧いた。

自分達だけでここまでやってこれたのではなく、たくさんの周りの人たちに支えられてきたんだ。

さらに自分の成長を見せることもできる!自分の今できることをする。それできっと結果はついてくるはずだ。そう信じよう!・・・と思い込まないと押しつぶされそうだ・・・。

「昼ごはんはうどんがいいよ」

なんてチームメイトに豪語しちゃったもんだから、父に冷やしたぬきうどんを買ってきてもらい食べる。

食欲はないけど五十分間動き続けるために気合で食べきった。

氷・アクエリアス・アミノ酸・おにぎり・・・この間買ったばかりでお気に入りのノースフェイスのバックに詰め込み家を出た。

電車内ではipodで音楽を聴きながら何も考えない。

浜松町でモノレールを待っていると埼玉組が揃って登場した。ちりと結衣ちゃんは約束どおり浦和レッズのTシャツで気合を入れていたので、自分も急いで着替えた。

みんな意外と普通だった。緊張でそわそわしてるのは自分だけか?ってくらいに。

大井第二球技場に着くと、みんな結構集まっていておそろいのチームTシャツに身を包んでいた。

「あの、四年生の先輩方集まってください」

三年生が全員集合していた。

「四年生の先輩方と一緒にできるのがあとわずかで、今までの感謝の気持ちとしてミサンガを作りました」

三年生一人ひとりが四年生にあだ名と背番号が記されている手作りのミサンガを手渡してくれたのだ。

 

『6 AOI』

 

夏合宿の時、怪我で一緒に見学していた沙耶から渡された瞬間、思わず感動しハグをした。

「沙耶ー!ありがとう!!」

「葵さんマジ頑張ってください!!」

いやもう、頑張れなかったら退部だよ。ホントにありがとう。頑張るね。

前の試合のハーフタイムにアップとしてパスキャッチやグランドボールのバウンドの確認をする。

客席を見るとさすがは集客試合。たくさんの父兄や応援団、チアリーディング部などが席を埋めていた。いつもの試合とはまったくの異空間だ。。

ロッカールームで今日のスターティングメンバーが告げられた。集中する。音楽を聴いてテンションを高める。

グラウンドに出る時間だ。

「ふーっ」

大きく息を吐いて気合を入れる。

楽しもう。やれることをやろう。何度も言い聞かせる。

審判によるクロスチェックを済まし、客席を眺めると父がいた。手を振って合図をする。ホームビデオ撮ってるし。

最前列には一年生が陣取っていた。

笑顔で手を振ると大騒ぎだった。

自分のやれることをやる。そうすれば結果は後からついてくる。

トミーのお得意の1ON1でシュート!

しかし力んでゴールの枠内に体が入ってノーカウント。

何度もシュートに行くが全部セーブされ、なかなかアタックが流れをつかめてない。

見かねてアタックの位置までボールを運び、

「落ち着いて一本決めよう!!」

声をかけてみる。

だが慌てている様子はなかなか収まらない。

格下相手だというのにこっちが勝手にミスをして相手のペースのままだ。

逆に不運なゴールが立て続けに決まり、二失点してしまう。

ここでタクヤはタイムアウトを取った。

対武蔵丘大学のときと同じパターンじゃないか。

何やってんだよアタック。

ディフェンスで後ろから声しかかけられない状況でウズウズしていた。

タクヤも怒るだろうに・・・

「最初の十分は相手の勝ちってことで」

意外な言葉だった。

タクヤが武蔵丘戦とはうって変わってさらっと言った。

「試合には流れがある。五十分間の試合でずっと同じペースを保てるチームなんてありえないんだよ。約十分の区切りが四つあると思えよ。」

「一番最初の十分は東央大が勝ったってことだ。でもそれはもう過去の話。次の十分をうちが取れば何も問題ないから。」

なるほど。

ビハインドの状況で選手の気持ちを切り替えさせるのうまいな。さすが世界を知る男だ。

自分はやはり得意なインターをしまくってアタックに発破をかけまくろう。

イライラするのではなく、自分のプレーでチームの雰囲気を変えればいいんだ。

集中力が高まる。

いつもどおりの読みで奪う。

『おおぉぉぉっ!!』

奪ってから一秒後にスタンドからどよめきが起こる。

最初はなんのどよめきかわからなかった。

もう一度インターセプトをして、また遅れてどよめきが起きた。

どうやら自分のプレーで起きたどよめきらしい。

いつものグラウンドではない競技場だから、スタンドからのどよめきは遅れてフィールドにこだました。

鳥肌が立った。

やばい、うれしい。楽しい。試合に集中しながらもスタンドがこんなに気になるなんて。

その流れでアタックも調子が出てきたみたい。

なんとか一点を返した。

しかしここからってとこで前半二十五分が終わってしまった。

「ま、こんなもんでしょ。」

「お前ら楽勝で勝てると思ってただろ?」

ロッカールームが静まった。

「甘い。リーグ戦初戦で集客試合。しかもおまえらほとんどが始めてのリーグ戦だろ?」

選手みんな納得できない顔つきだ。

なんで東央大学なんかに・・・

そんな空気だ。

「東央大学に負けているのがお前らの今の現実なんだよ。」

「前半は終わった。どこが悪かったとか考えたってもう同じ状況なんて起こらないだろ。もう過去なんだから。今何をするか次どうするかを考えろ!」

「・・・今まで自分達がやってきた〝奪って速攻〟をやり続けよう!!」

主将ちりが口を開いた。

「今までずっとやってきたスタイルで自信を持ってやってきたこと、自分のできることをやればいいんだから。」

ゲームキャプテンでリベロの翠子もチームを鼓舞する。

もう今の状況は変えられない。

心をリセットして攻め続けるしかないんだ。

 

「勝たなきゃ」とか「負けたくない」という考えは試合中にはまったくいらない。

必要なのはその場その場で「自分は今何をすべきか」を問い、

「今するべき事をする」ということだ。

格下だと考えていた東央大学に対して、完全に自滅していた。

「こんなはずじゃない」

「負けたくない」

そんな気持ちが選手みんなから出ている。

そこでなぜか自分だけは冷静だった。

後半残り二分半、三対五で負けている。

ボールは相手が持っている。

今するべき事は「負けたくない」と思うことではなくて、

「相手ボールを奪うこと」

そう思った瞬間、目の前の敵にプレッシャーを与え、ボールをこぼさせ奪う。

そして奪った瞬間の今するべき事は

「点数を入れるために、相手自陣にボールを運ぶこと」だ。

ボールを持って全力で右サイドを走る。

途中,相手からのプレッシャーでサイドラインに寄せられる。

それに対し、ファールにならない程度でガードし、必死に相手自陣まで運んだ。

パッと中央を見ると、フリーのめぐみが目に飛び込んだ。

サッカーで言うセンタリングのようなパスを送った。

めぐみはすぐにゴール前にいた亜美へアシストを出す。

ゴールへパスをするようなシュートが決まった。

一点差!

あと一点!!

いつもならゴールが決まると大喜びする自分は必死にスタート地点に戻っていた。

周りの選手やベンチ、応援席が喜んでいるのは視界に入っていた。

しかし今するべき事は

時間がない中、同点に追いつくため早くリスタートする事だ。

「早く戻れ!!」心の中で叫んだ。

目の前はぼやけていた。

声もほとんど出ないし、足もフラフラだ。

残り三十秒

リスタートでボールが自分の方へ飛んでこないことを祈った。

もう自分は何もできない。

願いは通じた。

ボールはチーム一の俊足、神田のクロスに納まった。

その瞬間彼女は敵を置き去りにした。

かすんだ目にもわかるような鋭い弾道がネットを揺らした。

五対五

追いついた!!

わけもわからず叫び拳を握った。

まだいける。残り七秒。

そしてリスタート

桜花ボールだ!

と同時に長いホイッスルは無常にも響き渡った。

腰が抜けたような感覚がした。

そのままグラウンドに仰向けに倒れこんだ。

もう動けなかった。

悔しさと疲れと申し訳なさが一気に溢れた。

スタンドの応援席へ挨拶をするとき、OGの方々の目を見ることができなかった。

先輩方に試合について励まされた。

それを聞きながら涙がこぼれていた。

絶対勝たなければいけない、格下相手に引き分けてしまったのだ。

放心していて頭の中は真っ白だった。

 

もう一試合も落とせない。

勝たなければならない試合に引き分けてしまった。

タクヤはもちろん、全員にとっての誤算だった。

だが逆に次の目標は絞られた。

次の加瀬田に勝つ。これだけだ。

九月二日加瀬田戦前日、朝練が終わった後、ディフェンス陣で相手の攻撃パターンを確認するミーティングをした。

この間行われた湘海大学対加瀬田大学のビデオを食い入るように観ていく。

キーマンは背番号八九、九七、三七の三人。

八九のゴール裏からの一対一

三七、九七のゴール前四十五度からの一対一

加瀬田の特徴は、とにかくグイグイ入り込んできて強引にシュートを打ってくる。

それに対して八九にはシュートエリアに入られないようピッタリ抑える。

三七、九七に関しては角度のないところまで追いやって、シュートエリアを限定させてそこにシュートを打たせ、アキがボールキープするのをセオリーにした。

三七、九七は二人とも右利きでほぼ右でシュートを打ち、ゴーリーから見てゴールの左上にシュートを打つ傾向にあった。

「この辺まで角度なくしたらシュート打たせちゃって平気だね?」

「余裕です!シュート打たせろって声出しますね!」

相手をどこまでディフェンスしてシュートを打たせたら、アキが止めてくれるかは感覚でわかってきていた。

アキも自分のディフェンスを信頼してくれていた。

「もう、あえて打たせちゃおう!このシュートなら怖くないし。」

「シュート打たせてキープした後の速攻を狙っていこう。」

毎年鬼門となっていて、湘海に勝ち勢いに乗っている加瀬田だが、対策が出来てしまえば怖くない。

今回決めた《打たせてキープ》、そして いつもの《奪って速攻》

あとはこれら自分達のできることをするだけだ。

 

九月三日、加瀬田戦を迎えた。

初戦あんな試合をしてしまったから、もう失敗なんて怖くない。

しかも昨日あんなに綿密にディフェンスで話し合ったんだ。

絶対大丈夫!

昨日はいつも通りタクヤから、二十五人のメンバーのメールが全員に送信されていた。

アップが終了し、葛西臨海球技場のグラウンドの外でタクヤは集合をかけ、どっしりと腰を下ろした。

「ちょっと小さく固まって。」

六十人が所狭しと詰めあった。

「カセダは絶対ウチをなめてくるから。」

タクヤは細い目を更に細めた。

「東央に引き分けた桜花なんて敵じゃないと思ってるから、俺らはそこに付け込むんだよ。」

「カセダに勝つには、相手をこっちのペースに引きずり下ろすんだ。技術で勝とうとするな!ウチの泥臭い試合にさせちゃえば勝手にペースを乱して自滅してくれるから。」

最高の作戦だ!

自然とアキと目が合った。

『昨日の決め事をして乱してやろう!』

そしてタクヤは二十人のベンチ入りメンバーを言い始めた。

ユウカの名前がなかった。

彼女の表情を伺いたい気持ちと、試合に集中しなきゃという気持ちとが交錯した。

タクヤが最後に沙耶の名前を読み上げた。

ユウカの代わりだ。緊張でいつも上がっている肩が倍上がっていた。

解散した後、背後から沙耶に飛び乗った。

「やったね沙耶!初ベンチ!」

翠子と共に励ました。

「は、は、はい!もうグラボにだけ集中して、難しいことは考えません!!」

緊張がものすごく伝わってきた。

楽な試合ではないけど、今後のチームのためにもなんとか出してあげたい。

沙耶が安心して出られる試合にしてあげなきゃ。

 

昨日の雨で地面はグチャグチャしている。

「転んだら終わりだね」

絶対転びたくないようなグラウンド状況だ。

しかしそんなの関係ない。

グラウンド状況、天気、風向き、それは相手も同じ。

変えられない環境をどうこう言うやつはそこまでの選手だ。

変えられるもの、つまり自分の気持ちをいかに良くして試合に臨むかが一番重要だ!

気持ちは安定していた。

ディフェンス陣でしっかり話し合えているし、相手も研究した。

何よりも信頼というものに安心していた。

強い気持ちを持てている。

ユンのドローで始まった。

ちょっと走っただけでスパイクの裏は泥で埋まった。

しっかり止まることがうまく出来ずズルズルだ。

そんな中予想通り九七、三七がスピードに乗った一対一を仕掛けてきた。

「いいよ、打たせろ!」

アキの声が聞こえる。

シュートは見事にアキのクロスに収まり、すぐに速攻が始まる。

速攻が続き2点を立て続けに取ることができた。

スロースターターの桜花が珍しい!自分でそう感じてしまうほどだった。

ボール保持率は明らかに加瀬田が上だった。キーマンの三人がどんどん仕掛けてシュートを打ってくる。しかしそれはわざとそうさせていた。思惑通りのシュートを打たせて、キープして、カウンターをしていたのだ。

「なんてシュート打ってるんだよ!」

加瀬田の仲間内で喧嘩にまでなるほどだった。

ディフェンス同士で顔を合わせてくくっと笑って見せた。

最初の十分は桜花の勝ちだと確信した。

 

加瀬田もさすがに意地を見せる。ねじ込むようにシュートを決めてくる。下手な鉄砲も数ぅちゃ当たる。シュート率を考えれば最悪だが、二点決められ追いつかれる。その後は取って取られてのシーソーゲームだ。

ライン際のボール争いで奪い、前線に見えた神田にパスを出した。・・・その瞬間、スピードを落としきれなかった加瀬田の選手に突っ込まれた。そのままライン外の応援席に身を投げ出された。

ドサッ

ホーム用の真っ白のユニホームは無残にも泥の餌食となり、足はほぼ泥と一体化した。

「なんで突っ込んで来るんだよ・・」とは思わなかった。それよりも

「なんで耐えられなかったんだ・・」と自分の筋力の無さを実感した。

ドロドロになったことで自分の筋力の無さを再認識できた。

しかも汚れたことでさっきよりもアグレッシブな動きが取れている気がする。

転んでよかった。

ここでハーフタイム。四対四でほぼ互角だ。

「いいじゃん。徐々に桜花のペースに加瀬田を引ずり込んでるな。向こうは思い通りに出来てないし、イライラしまくってるじゃん」

タクヤがニヤニヤしている。試合でこんな顔するのは久しぶりに見た気がする。

「ディフェンスは角度の無いところまで追いやって、シュートを限定させて打たせて、アキがキープして速攻につなげるっていうのがちゃんと出来ているから、このままやっていこう。そのままペースを崩してもらって、あとはうちのアタックが決めるべきところで決めて勝ちに行くぞ!」

勝ちに行く。そうだ、勝たなければいけないんだ。勝てた試合を落としている今、勝ちが手の届くところまで来ている。その場にいたほとんどの選手達は勝ちを意識した。

ピキッ

ふくらはぎがつっていた。さっき転んだときに全身を打っていた。だがアドレナリンで麻痺していた。気持ちは勝ちに集中している。トレーナーにマッサージをしてもらいケアをして後半のフィールドへ向かった。どれだけ転んで足がつったとしても、這いつくばってでも試合に出続けるんだ。

 

後半開始。四対四の同点。ここで絶対勝ち越し点が欲しい。

失点は極力避けたい。

最初に気持ちで勝ったのは・・・桜花だった。

まず一点勝ち越しした後、桜花は攻めるのを止めなかった。

さおりからトミーへパスがつながり、一対一を仕掛けながら中央にパスを入れた。

ディフェンスにつかれながらの無理な体勢から右手でキャッチしたのは、レイカでも亜美でもユンでもない。

左利きの綾子だ!!

そのまま回転をしながら得意の左手に持ち替え、イメージだけのゴールにシュートを放った。

ボールは加瀬田のゴーリー郁子の目の前で絶妙なバウンドをした。

イレギュラー気味のボールはゴールへ吸い込まれていった。

この瞬間、桜花の応援席は今日一番の大歓声が挙がった。

応援席の結衣ちゃんもようこもユウカもエリカも目から涙が溢れていた。

綾子は真面目で本当に思いやりのある子だ。

今の時代珍しいくらいの。

チームのマスコットであり、癒しであった。

試合になかなか出られなくて悔しい思いをしてても、他の人には愚痴なんて一言も言わず、いつもの笑顔で「頑張ろう」って誰にでも言うんだ。

その綾子が試合に出て、加瀬田相手にユースだったゴーリー郁子を前に、点数を決めたんだ!しかもダメ押しの貴重な点数を!

これで六対四だ。

みんな綾子に抱きついた。

なんだか泣きそうになった。

こんな感動するゴールは初めてだった。

 

気持ち切り替えなきゃ。

「ここからが勝負だから!」

くるみの肩を叩き、ディフェンス同士顔を合わせてうなずいた。

わかっていた。どう攻めてくるかも、意地でもシュートを押し込んでくるってことも。

体制も心も準備はできていたんだ。

しかしカセダを本気にさせてしまった代償は思った以上にでかかった。

綾子のくるくるシュートからわずか二分後に一点を返されてしまった。

決して浮き足立ってはいないしポジショニングもバッチリなのに。

向こうの気持ちが強かった。ただそれだけ。

もう絶対失点しない!

一対一を仕掛けてくる相手に対し、間合いを詰めた。

予想以上に突っ込んできた。

相手の肩にクロスを当てようとしたが、少し焦って予想より上に構えてしまった。

構えた手とクロスは相手の首に見事に入った。

「ピーッ!」「白六番イエローカード!」

イエローカードは一試合二枚でその試合退場となり、累積三枚で次回の試合の出場が停止となってしまう。

リーグ戦第二試合目でのイエローはちょっと痛かった。

相手のリスタートからだったが何とかしのいだ。

厳しい攻防が続く。

競っている試合の気持ちのコントロールはなんて難しいんだ。

ついに同点に追いつかれてしまった。

そして・・・

勢いに乗らせてしまい六対七と逆転されてしまった。

後半残り三分。

ここで諦めたら終わりだ。

どうやら桜花はギリギリで勝っているよりも、ギリギリで負けている時の方が落ち着いているようだ。

いや、開き直っていると言った方がいいかもしれない。

最後の最後で怒涛の攻撃をしてユンのゴールでなんとか引き分けで試合を終えた。

また勝てる試合を引き分けてしまった。

だが、東央戦の引き分けとは違う気持ちだった。

東央戦は不甲斐無さでいっぱいの試合だった。

しかし今回は自分の仕事はできた!という思いが強かった。

優勝するまで満足なんてしてはいけないのは分かっている。

しかし、自分のプレーに納得ができた。

チームを勝たせることができなかった責任は大きい。

しかし負けてはいないのだ。

いつもなら些細なことでも気にしがちだが、今回ばかりはやってやったぞと、自分を誉めたいと思えたんだ。

試合終了後タクヤは複雑な表情で選手に声を掛けた。

「これが俺達の今の実力だよ。引き分けに持ってったんだから良い方に考えようよ。」

「負けてないから、まだ上に行く可能性あるんだから。」

「それにしても二試合連続で引き分けなんて気持悪りぃ・・こんなの初めてだよ」

桜花という大きなブランドを背負って、プレッシャーで苦しんでいるタクヤが垣間見えた気がした。

 

加瀬田戦後、次の新田体育大学との試合まで一ヶ月の時間があった。

リーグ戦は約三ヶ月の長期に渡って行われる為、少し期間が空いてしまうのだ。

だからこそ、この一ヶ月にどれだけチームを完成させるかが重要になってくる。

次の試合は桜花が優勝争いができるか否かがかかっている大一番である。勝てば優勝争いに参加できるし、負けたら二部との入れ替え戦に行く可能性もあるのだ。

関東地区の大学の女子ラクロスリーグは一部から四部まであり、桜花はその中のトップリーグである一部リーグに所属し、一度も下に降格したことがないのだ。

「お前らはまだまだ争いを知らねーんだよ」

タクヤだ。

「レギュラーじゃないヤツは試合に出ているヤツでこいつなら勝てるって思っている相手が必ずいるはずだ。だから自分の名前と倒したい相手の名前を書いて提出しろ!練習の最後に一対一で全員の前で勝負をさせるから。」

「果たし状みたいで面白そうじゃん。」

なんて思ってしまったらいけないだろうか。少し、というかかなり楽しみになっている自分に気づいていた。

「お前らがやりたいのは仲良しラクロスなのか?違うよな?関東制覇目指してんだろ?仲良しラクロスなんてやってるヤツはさっさと辞めちまえ!」

「六十人の前で一対一の勝負をして、勝てばみんなに実力をその場で認められる大チャンスだ。下克上とも言うのかな。逆にレギュラーのヤツには相当なプレッシャーがかかる。指名されたレギュラーは下克上の戦いを拒否できないのをルールとするからな!」

顔をしかめるレギュラー陣とワクワクした表情の一年生が印象的だ。

まるで漫画みたいだな。私はワクワクの方が大きかった。誰が誰を意識しているとか、これでスタメンが代わるのかもしれないという気持ちがそうさせた。

二日後、初めて下克上が行われるとタクヤから通達があった。

「今日は・・・綾子!」

皆がざわざわし始めた。

まさかいきなり綾子が?

タクヤはいつものようにニヤニヤしながらもったいぶって言った。

「・・・相手はちり!」

四年対決だ。

タクヤも最初は最高学年が動かないとみんな行動しないから、と言っていたがまさか綾子が・・

きっとものすごい覚悟で提出したんだろうな。

いつもニコニコの綾子が戦う目をしていた。

それに応えるようにちりは無言でフィールドに向かった。

なんか見る方も緊張してきた。

どちらにも負けて欲しくないのが本心だが、それがタクヤの言う仲良しラクロスというものなんだろう。お互いそれをわかっての下克上の戦いだ。

いつも優しくて笑顔の絶やさないおとなしい綾子が、後輩の見本となって勇気を持って戦いに挑む。対して主将として、スタメンとしてものすごいプレッシャーを与えられたちりも負けられない戦いとして受け入れた。

グラボ(ルーズボール)とマンツーマンの得意なちりがペースを握るが、気持ちが出ていたのは綾子だった。結果的には僅差でちりの勝利だった。

「ちり・・・指名してホントにごめんね」

綾子は下克上が終わった瞬間にちりに謝りにいった。

「え?なんであやまんの?全然いいのに。ってか仕方ないよ。関東制覇目指してんだからさ。それにしても綾子がみんなの見本になってくれたから、全員にとって刺激になったよ。」

ちりもようやく硬さが戻った。

この対戦を見て改めて自分たちの気持ちの甘さを再確認した。

この気持ちのままじゃ強豪の新田の足元にも及ばない。

全員が常に競い合っていかなきゃいけないんだ。

 

綾子対ちりの下克上が行われて以来、皆が影響されて練習後に下克上が二試合ペースで行われるようになっていた。

下級生やベンチに入れない選手達が果敢にチャレンジしていった。

下克上を快く受け入れるスタメンもいれば、「何で私なの?私なら勝てると思っているの?」と指名されて不機嫌になるベンチの選手もいた。

下の子たちは勝てると思って提出しているんだから、指名された方は素直に受け入れてボコボコにしちゃえばかっこいいのに・・・。

日に日に仲良しラクロスじゃない戦う組織に変わっていくのを実感していた。

「今日の下克上は・・・千夏!」

千夏は一年生の中でもエース的な存在だ。普段はフワフワしているマイペースな子だが、中・高の時はテニス部で都大会優勝の経験があるアスリートで、テニス部の熱烈な歓迎を断ってラクロス部に入部した期待のホープだ。

今でもベンチには必ず入っていて、試合にも交代で出ている千夏が一番ライバルとしているのは誰か?という興味がすごくあった。

「対戦相手は・・・めぐみ!」

「おおっ!」

全員が興味を示し、コートの周辺に集まった。

めぐみは足が遅いが、ミットフィールダーでパワフルな個人技を持ち、グイグイ攻めてゴールへねじ込む、力のある二年生のエースだ。東央戦でも同点弾のアシストをしている。

今後の桜花を担う二人のエース対決となった。

千夏はうまくて強くて勝てばいいんでしょ?といった雰囲気で怖いもの知らずな攻撃を仕掛けてくる。

めぐみはそれに対して最初は戸惑っていたが、一年長くやっているプライドがある。持ち前の力強さで、ゴリゴリ肩で食い込んでシュートコースを作り、打つ!

攻守の切り替えが目まぐるしい。千夏がゴールを決めたと思ったら、めぐみもすぐに攻め返しシュートを決める。

周囲の一年生たちも怖いもの知らずで千夏を応援し、一年生から追い上げられがちの二年生たちは固唾を呑んでめぐみを見守っていた。

試合は一点差でめぐみが勝ちはしたが、実力的にはほぼ同等といったところだった。

下克上終了後二人は目を合わせなかった。

勝てると思って臨んだ千夏は悔しさが滲み、受けて立っためぐみは勝ちはしたが、ものすごい勢いで追いついてきている千夏に対し危機感を覚えたようだった。

これが仲良しラクロスではない、上を目指す戦う組織なのかもしれない。

これが分かって欲しくてタクヤは下克上を始めたに違いない。

 

徐々にチーム内での争いが当たり前になってきた。

ホントはシーズンが始まる時からそうじゃなきゃいけなかったんだけど。

いつものようにウォーミングアップをしていた。

バック走の時に綾子が倒れてなかなか起き上がらない。マネージャーとトレーナーが駆け寄りそのまま病院へ行くことになってしまった。

「大丈夫かな?」皆が不安そうに見送るが、

「はい!切り替えて!」ちりが心配しながらも練習に集中するよう声を掛けた。

練習が終わると同時に綾子が帰ってきた。三角巾を首から下げて。

全員が信じられないという表情で駆け寄った。

「そんな心配しないで」

いつものように笑顔でみんなに対応する綾子がホントに痛々しかった。

右腕もそうだが心も痛いに違いない。

途中交代で試合に出始めている最中で、もう少しでスタメンというところだったのに。

「ポッキリ折れてるよ。どんなに頑張ってもリーグ戦はもう無理だ」

トレーナーの先生が肩を落としながら小声で言った。

呆然とした。なぜならそれはイコール引退を意味するからだ。

あまりにも残酷だろ?

なんで綾子が今なんだ?

そして〟引退〟という文字が突然近くにやってきた。

もう時間が無いんだ。あとブロックの試合が三試合しかないんだ。

「綾子・・・。大丈夫?」泣きそうな声で話しかけた。一番泣きたいのは綾子本人なのに。

「ホントについてないよね私。でもね、この数ヶ月で自分がすごい成長できたし、それが楽しかったんだ。先日の加瀬田戦でも公式戦で初得点できたし、すごいご褒美もらったよ。私ができない分葵が頑張って新田に勝ってね!」

なんでそんなこと言えるんだ?辛すぎるよ。

怪我で綾子が試合に出られなくなってしまったこと、引退が近づいてきていることに動揺している自分がそこにいた。

 

いつもなら簡単に取れるボールでも取りこぼすことが出てきてしまった。

チームを完成させなければいけないこの大事な時に。

まただ。初戦三日前にもあった不安がまた出てきていた。

動揺するとすぐにプレーに反映させてしまうのが悪い癖だ。

しかし成長する子はホントに伸びる時期でもあった。

私のファンだと言っていたマリエがいつの間にかAチームに上がってきていた。

もともと中・高とバスケ部で運動神経が抜群なのだ。しかもバスケットボールは球技の中でも攻守の切り替えが早く、「考えながら動く」という動作を必要とされるスポーツだ。コツを知っているマリエは飲み込みが早かった。

「葵さんのディフェンス、インターセプトをする姿を見てディフェンスがしたいと思いました。」

マリエが入学する数日前までアタックだった私を知ることもなく、うれしそうに私に言ってきた。マリエのプレーを見るとバスケで培われたディフェンス力と、荒削りながらも奪おうとするアグレッシブさがとても頼もしい。

将来の桜花のディフェンスは安心できるとさえ感じた。しかし将来はさておき、今は抜かれてはまずい。チーム全員がマリエは私のファンだということを知っていて、からかってくるくらいだ。これでマリエにポジションを奪われたなんて話は笑うに笑えない。

タクヤも意地悪そうに「マリエに抜かれるのもありえるからな」といってくる始末。

ディフェンスに転向してからの急激な成長が止まり、引退と後輩の成長に押しつぶされそうになってしまった。

 

「葵さん不安になっちゃったんですかぁ?」

シホが気付いて話しかけてきた。シホとは武蔵丘戦以来仲良くなっていた。

「マリエよりも私の方が葵さんのファンなんですから!」

シホも私のプレーを見てミットフィルダー(中盤)からディフェンスに転向してきていた。

「またまた嬉しいこと言ってくれるね」

「葵さんは大丈夫ですよ!チーム全員が信頼してますし、ゲームの中での熱さはホントに心強いですもん!それとものすごいプレッシャーを与える声出しと、一対一のディフェンス力!マリエに劣るものは無いですよ」

この子は私のプレーをものすごく見てくれている。自分でも気付いていない特徴を迷い無く話してくれている。なんて弱気になったいるんだろう。ホントに情けないな・・・。

マリエの成長でチームが強くなるんだからいいじゃん。以前自分がユウカ、くるみ、舞に与えた刺激を今受けているだけだ。まだまだうまくなれる。マリエがうまくなっているのは嬉しいが、引退するまで私のポジションを譲るわけにはいかない!

「シホありがと!もう不安がってチームに迷惑はかけないよ!」

「葵さんには頑張って桜花を引っ張ってもらわないとみんなが困りますから」

後輩の成長を楽しみながら自分も最後に四年生の責任としてチームを引っ張らなきゃいけないと考えさせられた。



新田体育大学戦は、桜花大学のグラウンドで行われる事になった。

当日四年生は早目に集合をして、綾子に全員のメッセージが書かれた手づくりの三角巾をプレゼントしていた。


ウォーミングアップをしたがなかなか硬さが取れない。

ホームグラウンドにも関わらず、体育大学の雰囲気に飲まれていた。


試合開始と共に相手の速さ、巧さを体感した。彼女達とは生まれ持っているバネが違い過ぎる。私は試合に出ながらも傍観者のような気分にさせられていた。


ディフェンスで敵のエースが攻めて来ると思った瞬間、エースは既に目の前にいた。私は新幹線にはねられた、という表現が正しいなと突き飛ばされながらこころの中で思った。


地面に叩きつけられた瞬間、右膝に激痛が走るのを感じた。

そのまま点数が決まり、点差は7対1となっていた。


足を引きずりながらプレーをするしかなかった。右膝が痛み、カクカクしている。踏ん張れない。

トレーナーの上島先生がタクヤに交代を促していた。

「今日無理して出て次戦欠場するか、今日止めて次に備えるかどっちだ?」

上島先生に尋ねられ、顔をしかめながら後者を選択した。

「葵はもう出しませんよ」

タクヤはこちらを見ずに冷たく言った。

悔しさと痛さで天を仰ぎながら痛む膝を冷やす事しか出来なかった。


試合は11対2の惨敗だった。

しかもユンは2枚のイエローカードで次戦欠場が決まり、結局私も右膝打撲の怪我を負った。

ここで優勝争いから脱退し、同時に降格の恐れがある入れ替え戦の可能性が出てしまった。


「男子は技術だが女子は気持ちで試合に勝てる」

なんて誰から聞いたんだっけなぁ、と自分に絶望しながら物思いにふけっていた。

何かのせいにして少しの間でも楽になりたかった。


次は関東女子体育大学戦だ。

「次は四年生は出さないから」

新田体育大学戦を負けたら次戦は来期のチームの為の試合にすると約束していた。

来年の新チームのことを既に考えているタクヤはさすがだなと思う一方、全て受け入れられなかった。


緊張している下級生達には笑顔で激励しているが、大事なリーグ戦を譲りたくなかった。


4年生は全員ベンチを外され応援席にいた。試合が開始するや否やまるで大人対子供に見えた。


17-0


こんなボコボコにされて自分は何も出来ないなんて。しかし自分達上級生が出てもどこまで対抗出来ただろうか。


試合終了後、下級生達は泣きながら謝って来た。「大事なリーグ戦に出させてもらってこんな情けない試合をしてしまい、すみませんでした〓来年この試合をしたから勝てたとご報告できるよう頑張ります

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