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14/11/17

処女作のこと

Image by Olia Gozha

初めて台本を書いたのは中学三年の文化祭だった。

修学旅行中に転落事故に見舞われ、大好きだった野球を高校では続けられないことが分かっていた。そんな折に持ち上がったのが有志生徒による演劇上演だった。

幼い頃よく母に連れられて芝居を観に行っていた私は、新たな楽しみを見つけられる気がして参加を決意。そればかりか当時よく見ていたテレビ番組のパロディをやりたいと提案した。

事故のことで校内ではちょっとした悲劇のヒーローだった私の提案に反対する者は一人もいなかった。

しかしいざ台本を書き始めると思わぬ壁が立ちはだかった。

母である。

高校時代演劇部部長を務めた母は、私が書いた台本を見ては、

「ニュアンスが違う!」

「なぜこのシチュエーションでこんなこと言うの?」


完成する前の台本を気安く人に見せるものではないと学んだのはこの時である。

結局半分以上の台詞を母が書いた台本は友達、先生を問わず好評で、褒められるたびに居心地の悪さを感じたのを覚えている。

そんなほろ苦い処女作ではあったが、芝居づくりの楽しさを知るには余りあるものだった。

無口で何を考えているのか分からなかった後輩が黙々と、何日もかけて素晴らしい背景の絵を描いてくれたこと。今ひとつ盛り上がらないシーンで、受験勉強のお供だった集中力アップのCDをかけたら、見違えるように緊迫感が出たこと。声が小さい友人が本番では一番涙を誘ったこと。全く思いもしなかったところで客席が沸き、それまで気づかなかった作品の一面を見られたこと。

演劇は多様で、色んな人・モノが関わり合うことで面白く深まっていくのだと知った。

今考えると赤面するほど拙い舞台だったが、きっとこの時の体験がなければ今日まで演劇を続けることはなかっただろうと思う。

最後に声を大にして言いたい。母に台本を書いてもらっていた人間でも劇作家になれます!

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